第13話 働き者
食堂に戻る頃には太陽は西の空に沈み、空は淡い闇色に染まっていた。
「久々の特防見学はどうだった?」
「昔に比べて息苦しさは減ってるかな」
「可愛くない答えね」
食堂前で
よほど
「落ち着かないな」
「キミを見てる訳じゃないから安心しなさい。目立ってるのは私。普段は自室で食べる事が多いからね」
流石、特防のトップ兼校長という肩書は伊達では無い。
「友達少ないんだ?」
「友達はみんな死んだからね」
「……ぅ」
「冗談に決まってるでしょ。これくらいの返しで怯むぐらいなら煽るんじゃないわよ」
流石、数年で何のコネも無くトップに上り詰めただけの事はある。
渚が麻耶に舌戦で勝つ日はきっと一生来ないだろう。
「部屋の手配は出来たわ。二十四号棟で少し遠いけど」
「あれだけ送迎の車が頻繁に出てるなら問題無し。あっ、それより」
「何?」
「この計画の事、どれだけの人間が知ってるのか教えて。部屋を出た後、
「あー、それね。ごめんなさい。計画が変更に変更が重なってね。三人を選抜して指導させる案もあったのよ」
「絶対に無理」
「私も反対した。でも、頭の固い国の偉いさん達は本気も本気。計画が失敗したら突っ込んだ予算が水の泡だから、保険かけたり逃げ腰になるのも分かるけどさ」
「リスクは少なく、か」
「そっちの方が失敗のリスク高まるのに。本当に現場の事を何一つわかってない。馬鹿か、っての。色々手を尽くして今の状態に持ち込んだけど渚以外のチーム結成は保留。事実上の凍結に追い込まれた。あの禿共、今度会ったら残りの毛を残らず毟ってやる」
思い出すだけでも腹が立つと、麻耶は指先で何度もテーブルを打った。
「その時に選ばれた候補の一人が浜野詩織?」
「そっ。小等部六年から成績優秀な上位三人を宛てるつもりだったみたい。如何にもデータだけ見て案パイ取ろうとする糞ハゲ豚共の考えそうな案よね」
「ちょっ、そんな大声で。誰かに聞かれたら」
「大丈夫よ。ここに居るみんなの気持ちは同じ。あとは貴方が黙っていてくれればね。勿論、他の子とも仲良くしたいって言うなら話は別だけど」
「誤解を生む言い方はやめてくれるかな?」
「成績トップとはいえ、浜野詩織は狙撃メインの遠距離型。そんな彼女を近接型の
「その説明をすれば話は早かったんじゃ?」
「言ったわよ。もうね、馬の耳に念仏。まったく聞く耳持たない」
どうやら特防と上の組織の間には、深い認識と理解の溝があるらしい。
「貴方が気にする事じゃないから、安心して燐花のパートナーとして頑張って」
「出来る限りは努力する」
「よろしい。それで君の部屋なんだけど。施設の端の二十四号棟になっちゃった」
「だから最初からどこでもいいって」
「そう言ってくれるとホントに助かるわ。とりあえず寝泊まりする最低限の用意だけは済ませてある。後の引っ越し関係は明日、私が車を出すから」
引っ越し、という単語に燐火が過敏に反応する。
「私も一緒に行っていい?」
「悪いけど、燐花はお留守番。流石の私でも二日連続で外出許可は通せない」
「えー」
「それに、訓練だって今日はしてないんだから」
「……アルカンシエル、倒したもん」
「二人で、ね。それに戦い方をもっと磨かないと、今日みたいにピンチになるし、大好きなお姉ちゃんにも迷惑がかかる。わかるわね?」
不貞腐れること十秒。渋々納得したと首を縦に振る燐花。
流石は相模麻耶。子供の扱いもプロ級だ。この手腕は素直に見習いたい。
「燐花の部屋は隣にしておいたから」
「そこまで必要?」
「これから苦楽を共にするパートナーでしょ。出来る限り、一緒に居る時間が作れる環境にしないと」
「それは確かに、そうだけど」
「渚お姉ちゃん、これからよろしくね」
「あらあら、もう名前で呼び合う仲なんだ? 心配する必要なさそうね」
これは否定すればするほどド壺に嵌まるパターンだと口を噤む。
どれだけ反論しようと、この決定が覆る事はないだろう。
「彼女をお願いね」
――またこれだ。話の最中はふざけたり茶化したりするのに、肝心な所だけは妙に真面目な顔で締めてくる。
「それじゃ、私はこれで」
「忙しないね」
「仕事がまだあるのよ。明日までには片付けるから心配しないで」
「今日みたいな遅刻は無しで」
「分かってる。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでね。あっ、これ部屋の鍵ね。二階の二○三号室と、燐花は二○二号室」
麻耶は投げるようにしてカードキーをテーブルに投げ、局長室へ駆けて行った。
走り方から察するに、しこたま仕事を溜めこんでいるに違いない。
人を小馬鹿にしたような態度の裏では、きっちりとやるべき事を果たしている。
先ほどの話題の中でも、上とのやり取りを冗談交じりで語っていたが、熾烈な駆け引きが幾度となく行われた事は想像に難くない。
「平和な世の中も、案外面倒臭いか」
夢子として活躍していた頃は、生きるか死ぬか、それだけを考えていればよかった。
しかし当面の危機が去った現在、なまじ余裕が出来た事による人間同士のしがらみが表面化しつつある。
「渚お姉ちゃん?」
「なんでもない。ちょっと考え事してた。さっ、食べよ」
その面倒は麻耶が一手に引き受けている。
今の私がすべき事は一つ。
無駄な事に気を取られず、自分の役割を、それ以上の成果を出す事だけだ。
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