第12話 浜野詩織

「それじゃ、久々の施設の中を案内して貰おうかな」

「うん!」


 アイスクリームを平らげた燐花りんかが、待っていましたとばかりに席から跳ね降りる。


「はしゃぎ過ぎて怪我しないでね」

「大丈夫。実技の成績は高いんだから」

「浮かれてる時が一番危な――」


 忠告は一歩及ばず、前も見ずに走り出した燐花は数歩もしない内に誰かとぶつかった。

 幸い、お互いに数歩よろけた程度で事なきを得たが、なぎさは直ぐに二人の元へと駆け寄る。ぶつかられた方も、燐花と同じくらいの年齢の少女だった。


「大丈夫? 怪我はない?」

「平気です。あなた見たことない人ですけど、誰ですか?」


 心配して声をかけたのに、逆にきつい口調で問い返されて面食らう。

 肌は色白で、ぱっちりとした芯の強い眼に、背中まで伸ばされた艶のある黒髪。

 気品と奥ゆかしさを備えた所作で制服を掃う姿に、思わず見惚れそうになる。

 昔の特防にはいなかったタイプだな、と渚は思った。


詩織しおりちゃん、ごめんね?」


 渚の脇から、燐花が謝罪の言葉と共に割って入る。

 詩織と呼ばれた少女は返事の代わりに素早くデコピンを繰り出した。

 どうやら、二人はしたしい間柄らしい。

 手慣れた早業に、「きゃふっ」と仰け反り額を押さえる燐花。

 詩織はそれに目もくれず、改めて渚を品定めするように睨みつけた。


「東京、特殊防衛学校所属、魔法少女候補生。小等部六年。浜野詩織はまの しおりです」

「私は渚。朝宮渚あさみや なぎさ。今日、じゃなくて明後日からかな。臨時職員兼生徒として特防に入る事になった……んだけど」

「そうですか。朝宮。貴方が例の」


 彼女に睨まれていると、事実を述べている筈なのだが妙に自信が薄れてしまう。

 麻耶とはまた違った威圧感だ。将来が末恐ろしい。


「実は渚お姉ちゃんって、ゆ――」

「わわっ、ちょっと待て」


 口を滑らせそうになった燐花の口を慌てて押さえる。

 正体を秘密にするよう言うのを、完全に忘れていた。

 詩織の視線が、より一層厳しくなった。


「隠さなくても知ってます」

「えっ!?」

「燐花とパートナーを組んで訓練するんですよね。新しい計画だって」


 思っていたのと違う返答に胸を撫で下ろすが、其方そちらの話も捨て置けない。


「もしかして割と有名な話?」

「いえ。今の所は選ばれた数人だけです。小等部の中では」

「なるほど。君も候補生って訳だね」


 その問いに、彼女の表情が露骨に沈んだ。何か地雷を踏んでしまっただろうか。

 その鬱々うつうつとした気持ちの矛先が燐花に向けられる。


「今回選ばれたのは燐花だけど、自分が優秀だなんて勘違いしないで」

「う、うん。分かってるよ。詩織ちゃんの方が成績いいもん」

「……それと、お昼過ぎに出現したアルカンシエルと戦ったって聞いたけど?」

「そうなの! 丁度、近くに居て。びっくりしちゃった」

「相変わらず運が良いね。私だってその場に居たら、絶対倒したに決まってる」

「うん。詩織ちゃんなら、もっと上手く倒せたと思う。私、失敗しちゃって。お姉ちゃんが居なかったら、危なかったもん。ねっ?」

「あ、そうかもね」


 ――なるほど二人はそういう関係か。


 どうやら詩織は燐花に嫉妬しているらしい。同じ学年でありながら今回の計画にただ一人選ばれた上、偶然とはいえ同期の中で初めて敵と戦い、勝利を収めてしまったのだ。

 これで互いを意識し合うライバル同士という状況ならば張り合いもあるだろうが、どうやら燐花は天然というべきか鈍感というべきか、詩織の気持ちに気付いていないようだ。

 もう少しストレートに言えば伝わると思うのだが、詩織のポリシーに反するのだろう。

 結果、彼女の怒りの矛先は渚へと戻ってくる事になった。


「私にも近い内にパートナーが付きます。自分達だけが特別、なんて浮かれないで下さい」

「肝に銘じておくわ」

「それと、お姉ちゃんと呼ばせるのは正直気持ち悪いです」

「えっ、いやそれは燐花ちゃんが」

「それでは、渚〝さん〟失礼します」


 刺のある態度とは裏腹に礼儀正しくお辞儀をしてから、彼女は早足で食堂を出て行ってしまった。


「悪い事、しちゃったな」


 ここは自分達が出て行き、彼女を引き留めるべき場面だったと後悔する。

 休憩で休みに来たのだろうが怒らせて帰らせてしまった。


「渚お姉ちゃん、どうかしたの?」

「何でもない。浜野詩織ちゃん、だっけ。仲良いの?」

「うん。同じ学年で親友なの」

「親友、か」


 どう頑張っても、そうは見えなかったが。


「詩織ちゃんはクラスで一番成績が良いんだよ。授業も訓練も」

「エリートって事だね」

「エリート?」

「優秀って事。礼儀も正しいし、もしかして今はああいう子が多かったりする?」

「ううん。詩織ちゃんだけ。男子にも女子にも人気があるよ」

「クラスは何人?」

「五人」

「納得。全体の候補生の数を考えると、そんなもんかな」


 その人数なら間違いなくクラスの代表、纏め役に君臨するだろう。

 成績トップを差し置いて燐花がパートナーに選ばれたのだから、怒りも一入に違いない。


「他の学年と、合同の授業もあるよ」


 加えて、詩織と同じ気持ちの候補生が他にも居ないとは言い切れない。

 スタート段階で回りの目が冷たいのはどうにもやり辛い。

 この辺りの心配や調整は麻耶の仕事だろうが、渚も手放しで見て見ぬふりは出来ない。

 何か問題が起こってからでは遅いのだ。

 この計画がどのくらい周知されているのか分からないが、所属している候補生全員の情報は頭に入れておいた方が良いだろう。

 頭であれこれと計画を組み立てながら、燐花と共に施設を一回りする。

 広い施設を徒歩で移動すると日が暮れてしまうので、必然的に送迎車を乗り継いで見て回る事になった。

 新しく建造された建物は当然として、細部の変化も意外と多くあった。

 特に各施設を繋ぐ経路は大幅に改善されて、運搬車や送迎車が頻繁に行き交っている。

 五年前は道路の無い孤立した建物もあり、移動に難儀をしたものだ。

 道路の脇には、およそ百メートル間隔で避難用の地下通路入口が設置されている。

 施設の西の一角では地面を掘削しての大規模工事が行われ、四ヶ月後には施設内第五号目となる避難シェルターが完成する見通しだという。

 半ば駆け足で施設を回ったのだが、結局二時間半近くの時間が掛かった。

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