第11話 新たな目標

「でもよかった。断られたらどうしようかと思ったわ」

「脅しといてよく言う。他にどんな下衆な手を用意してたんだか」

「まさか。私が? 心外だなぁ~」

 

 ――間違いなく、まだ何か用意してたなこれ。

 

 麻耶まやの口元が微妙に綻んでいる事に戦慄せざるを得ない。


「高校には無期限の休学届を出してるから、安心してこっちで学業に励んで頂戴。はい、これが予定表」

「午前は一般授業で、午後からは燐花と合流して特別メニュー。ハードね」

「場合によっては、高校卒業の資格も出すし」

「至れり尽くせりで逆に怖い。自主退学扱いで、もっと追い込んで来るかと思った」

「その方が良かった?」

「冗談」

「施設のシステムは君が居た頃と殆ど変ってないわ。申し訳ないけど、明後日から開始して欲しい。時間が惜しいから」

「仰せのままに」

「これが学生兼職員カード。あくまで仮の物だから、明日、正規の物を支給する。後は、ここ専用の携帯端末。施設の中では一般の携帯は使えないのも昔の通り」

「不便すぎる。改善してくれませんか局長殿」

「機密保持のためよ。一応は政府の機関だから。端末に生徒番号を打ち込めば、その生徒の位置を瞬時に把握する事が出来る。例えば燐花りんかなら――」


 麻耶は端末をテーブルに置き、慣れた手つきで生徒番号を入力。

 すると施設内の立体マップが立ち上がり、自動でこの建物をズーム。

 その一階に赤い点が現れ『小等部六年箍道燐花たがみち りんか』『場所:五号棟一階大食堂』という文字がポップアップする。

 更に案内のボタンに触れると、現在地から目的の場所までの最短ルートが表示された。


「生徒は勿論職員は皆、服にGPSが内蔵されているから居場所を把握できる。当然、権限で探せる相手は限定されるけど」

「監視されてるみたいで嫌なんですけど。生徒なら誰でも位置がわかるの?」

「貴方の場合、燐花と私を含めた教師だけよ。何か問題があれば声をかけて。出来る限り電話に出るようにするから。勿論、非常時は別よ」

「できる限り頼らないように努力する」

「それじゃ、燐花を迎えに行ってあげて。部屋は夕方までには用意しておくから、夕食の時にまた」

「え、麻耶さんは?」

「さっきの敵の出現で面倒な仕事が増えちゃってね。ここだけの話、君達は上手く被害を防いでくれたけど、他が微妙でね」

「大丈夫だよね?」

「死者は出て無いから安心して。ただ、敵もどんどん力をつけてる」

「はいはい、私の協力が必要だって言うんでしょ。大丈夫、分かってる」

「助かる。それじゃ、燐花をお願い。もし暇なら施設の中を案内して貰って。案外、色々変わっていて迷うかもしれないから」

「了解、了解」

「部屋は追って連絡するわね。出来るだけ、前の部屋に入れるように調整する」

「別にどこでもいいって」


 追い立てられる様に部屋を出た後、溜息や愚痴の一つも吐き出したい気持ちを押し殺し、気力を絞って足を食堂に向けた。



 ◆◆◆



「あっ、早かったね。ゆめ……えっと」

なぎさでいいよ」


 食堂につくと、テーブル席でソフトクリームを頬張る燐花に手を振って出迎えられた。

 この食堂、一風変わった内装になっている。

 食堂の手前側は一般的な食堂に近い長テーブルとパイプ椅子が並んでいるが、奥の方は一般的なレストランのような、ゆったりとした六人掛けのソファーにテーブルが用意されている。

 速さと利便性を重視する職員は手前で食事を取り、休憩時間がキッチリと定められた生徒達は奥のテーブル席を使う。

 其々の用途や環境に合わせた結果、この珍妙な内装が出来上がったという訳だ。


「うん、渚お姉ちゃん」


 お姉ちゃんは不要だと思ったが、指摘するほどでもないかと無言で対面に腰を下ろす。

 実際は指摘する気力も残っていなかった。

 燐花は直ぐに渚の胸元の職員証に気付き、にっと笑う。


「見ての通り。これからよろしく」

「すごい。本当に相模さがみ校長先生の言った通りになった!」

「そうね。で、校長先生様は、仕事で忙しいから来れないって」

「えっと、それじゃ私が校舎の案内をしなきゃ、だね?」


 アイスを一気に口の中に片付けようとした燐花を、「焦らなくて良い」と手で制する。

 夕方までまだ時間があるので急ぐ事はない。逆に時間が余る可能性もあった。

 期間は分からないが、彼女とは今日からパートナーの間柄だ。まだお互いの名前しか知らないので、雑談で交流を深めても罰は当たらないだろう。


「燐花ちゃんは何時いつから特防に?」

「私は、六年前から」

「結構長いね」

「お父さんとお母さんが死んじゃって、麻耶さんに」


 身寄りのない子供は政府の施設に集められる。入る際には当然のように適性の検査を受ける。そこで燐花は見事に適性を見出された訳だ。


「辛い事思い出させて、ごめん」

「ううん、大丈夫。だって、渚お姉ちゃんも一緒だもん。私だけ落ち込んでたら格好悪いし。それに、まだ言ってなかったよね。私、お姉ちゃんに助けられたんだよ?」

「うん。……麻耶さんから聞いたよ」


 麻耶に言われたのが数分前とはいえ、この件に関する回答を用意できていなかったのは痛恨のミス。

 しかし、燐花は忘れられていた事にめげず、声音を一段階大きくした。


「建物に潰されそうになった所を、助けてくれたんだよ。覚えてない?」


 必死に頭を回転させ、できる限り過去の情景を引っ張り出す。

 怪物が破壊したビルの撤去作業や人命救助も魔法師や魔法少女の仕事だ。

 助けられた人、助けられなかった人、様々な人の喜怒哀楽の表情が流れていく。


「私、動けなくて。お父さんたちとはぐれて泣いてて」


 次々と繰り出されるヒントに記憶が次々と絞られていく。


「もしかすると、怪物との交戦中で?」

「そう! ハリネズミと狐を混ぜたみたいな!」

「ああっ、あの時の!」


 そのひと押しで、記憶の中にかかっていた靄が一気に晴れた。

 あれは第二次奪還作戦決行の四カ月前。

 アルカンシエルの中でもかなりの大型で、東京周辺の警戒に当たっていた全魔法師と魔法少女が投入された一大討伐戦だった。

 出現地点は群馬と埼玉の県境。

 推定全長百八十メートル、四足で立ち上がった高さは百メートルを越える怪物は、時速五十キロの比較的早い速度で東京めがけて進行した。

 後に『剣山けんざん』と呼称される怪物は全体がびっしりと鋭い刺に覆われており、近付くと自動で刺が射出されて数百の矢の雨に見舞われた。

 故に近距離型のメンバーは近付く事が出来ず、遠距離から地道にダメージを積み重ねるしかなかった。

 結果、渚を含む近距離担当は逃げ遅れた住民の避難誘導と支援に徹したのだが、言われてみれば確かに、間一髪で助けた少女が居た記憶がある。

 顔までは思い出せないが、当時の年齢的を逆算すると間違いないだろう。

 あの時の少女が今、私に憧れて戦場に立とうとしている。


「その時にね、思ったの。私も絶対、魔法少女になって皆を助けるんだって」


 突発的に目頭が熱くなった。それを誤魔化すように「ふぅん」と天井を見上げる。

 もしもこの場に麻耶がいれば、気取られて笑われていただろう。


「お姉ちゃん、厳しく教えて。絶対に逃げ出さないから」

「わかった。一緒に頑張ろう」


 彼女を一人前に育ててあげたいという気持ちが芽生えた半面、内心では複雑な感情が燻り始めていた。

 まず一つは、本当に自分は彼女を教える事が出来るのか、という不安だ。

 渚は稀に見る優秀な魔法少女だったが、あくまで潜在能力と戦闘センスの話。

 その道のプロが指導に長けているかと言えば別だし、五年も最前線から離れている。

 そして燐火と武器の特性も違えば戦闘スタイルも違う。

 下手な指導は逆に彼女の成長を妨げ、歪めてしまう恐れがある。

 第二に、渚に求められているのは若い世代の指導ではなく自身の実戦への復帰だという事。

 いくら先生面をした所で彼女に寄生しているだけという後ろめたさがぬぐえない。


「大丈夫だよ」


 どうやらよほど深刻な表情をしていたらしい。

 年下の少女に気を使わせてしまっている事が情けなかった。


「私の力で、もう一度お姉ちゃんが戦えるなら、とっても嬉しい」

「ありがとう。そうね、私もしっかりしないと」


 悩むのは問題に直面してからでも遅くはない。

 まずは自分の役割をしっかりと理解した上で、出来る限り足掻いてみよう。

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