第10話 腐れ縁
「適性を認められてから一度しか力を使わず、成長と共に適性を失ったケースも複数報告されてる。……聞いてる?」
「飲み込むのに時間が掛かってる」
「突拍子もない話だから無理もないわ。私だって同じ立場なら直ぐには信じられない」
「一応、納得はしたよ。一応、だけど」
「よかった。それじゃ、改めて考えて欲しいの。ううん、お願い。もう一度、私たちと一緒に――」
「それは嫌」
強い口調で即座に要求を突っぱねる。
しかし、
それが当然の反応だといわんばかりの落ち着いた表情だった。
「どうして?」
「さっきも言ったでしょ。他人を、それも年下の女の子を電池扱いするなんて無理。どうせ、
確信を突く質問。彼女が席を外された理由はここにある、そう確信していた。
適性を失った人間がまた戦える。
確かに魅力的な話だが、自分自信が電池にされる立場だったら堪ったものではない。
一方的に使う、使われる関係では歪な信頼しか築けない。
お互いが信頼し、命を預け合って戦うことなど夢のまた夢。
「知ってる、って言ったら?」
驚愕する。
会ったこともない赤の他人に力を分ける決断など、一朝一夕に出来るものではない。
「騙して承諾させたんじゃないの?」
「私達をマッドサイエンティストだとか思ってるわけ? 承諾も無しにする訳ないでしょ。燐花も納得してるし、彼女が選ばれたのも貯蔵量が最大出力の二倍以上あるから。貴方が気にする事なんて一つも無いの」
「相手は私じゃなくてもいいよね。他を当たって」
「
含みのある言い方に記憶を軽く浚ってみたが、心当たりが見つからない。
「君が昔、助けたの。まっ、沢山助けた内の一人で、その頃の彼女は五歳くらいだったから覚えてなくて当然よね。でもあの子は覚えてたわよ。入学して来た時には『夢子さんみたいになりたい、人を守りたい』って目を輝かせてた。昔の君を思い出したわ」
「それが?」
「こういう時だけ鈍感の振り? 分かるでしょ。私が貴方達を引き合わせた理由」
「分かりたくもない! 夢子はもう死んだの。何度も言わせないで。麻耶さんが死んでいいって言ったのに。自分の都合で勝手に生き返らせないでよ!」
「二人ならパートナーとして信頼関係を築き、お互いに高め合えるって確信したの」
「なら局長様が適任ね。私とは比べ物にならない信頼と人望があるし、天才と呼ばれたのも同じ。よっぽどいい」
「私はもう前線に立てないほど面倒な肩書に縛り付けられてる。指揮する人間が真っ先に命を落としたら本末転倒でしょ」
「私はただの高校生で、先生じゃない」
「それは逆にプラスよ。こんな閉鎖的な所で大人ばかりだと。委縮しちゃう子も居るから」
「大人を怖がってたら、怪物の相手なんてもっと出来ない」
「それを何とかする為にもね、力を貸してほしい」
「カウンセラーでも先生でもない!」
「必要なら資格の勉強させてあげるわよ」
駄目だ、また会話が成立しない。
結局、お願いする風を装っていても、実際は渚が折れて頷くまで諦める気は無いのだ。
持久戦に突入すれば――、
「話は変わるけど、さっきの大活躍はしっかりと監視カメラに映ってたわ。特防がしっかり回収したけどね。危うく貴方の正体が知られる所だった」
「何も知らされてなかったんだから事故みたいなものでしょ」
「そうね。見落としが無いといいんだけど、映っていたのが“一般人”だからこれ以上の工作は難しいかもね」
そう、遠回しに脅しを仕掛けてくる。
「どうせ、そんな事だろうと思った」
上手く交わせた所で、第二第三の手を繰り出して来るだろう。
夢子として活動していた時期は、プライバシーのほぼ全てを彼女に握られていた。
私の方に切り札は無い。あらゆる方向から古傷を抉られるだけだ。
「本当に変わらない。ズルくて、敵に回すと最悪」
「やってくれるのね?」
「合わないと思ったら直ぐやめる。それが条件。それが無理ならやらない」
「結構よ。その程度の条件なら全然」
にぃっと笑みを浮かべる麻耶。
条件が甘すぎたかと疑心に陥るが、結局そのままの要求で通す事にした。
下手に欲を出せば更につけ込まれるのは目に見えている。
そこからの手際の良さは、目を見張るものがあった。
予め全ての段取りを準備していたのだろう。
同意書類を取り出す手際、説明、全てにおいて非の打ちどころが無く、三十分と掛からずに諸々の手続きが完了していた。
「私以外に誰が呼び戻されてるの?」
「渚が記念すべき第一号よ。モノが試作段階だから、下手に集めて『やっぱり使い物になりません』じゃ困るし」
「……なにそれ」
「この技術が実用化出来るかどうかは、君の頑張り次第と言っても過言じゃないわね」
麻耶は少しふざけた風を装っているが、目は真剣だ。
「私達は実験用のモルモットって事ね。精々、研究者の指を噛まないように注意しとく」
「こういう大役なら、悪い気はしないでしょ」
「さあ? 楽な生活に慣れてたから、案外直ぐに潰れて逃げ出すかも」
「私は大丈夫だと信じてる。けど、もしそうなら燐花は幻滅するでしょうね」
「大丈夫。くどいようだけど、私はもう夢子じゃないから痛くもかゆくもない」
「嫌でも思い出すわよ。そのうちにね」
「完全な黒歴史よ。あーあ、どうしてあの時、口車に乗っちゃったかな」
麻耶と出会ったのは五歳の頃。家族を怪物に殺されて仮設の孤児収容施設に預けられた時だった。
当時の彼女は十七歳。
魔法少女としての適性を失い、施設の期間保育士として偶然動員されていた。
元魔法少女の肩書を持つ彼女は歳の離れた姉のように慕われており、渚も彼女を慕う一人だった。麻耶はその七カ月後、皆に惜しまれつつ特防の特別職員として呼び戻される。
それから僅か四カ月後。渚に銀糸の適性が見つかり、この場所で再開を果たした。
「笑顔が絶え無くて、本当に何でも言う事を聞いてた。可愛かったなぁ」
「昔の自分をブン殴りたい」
『渚はとっても可愛いから、もう少し女の子っぽい衣装にしましょう。絶対人気が出るから。国の為に』
『本当?』
『うん。私がしっかりサポートしてあげるから!』
当時、疲弊した人々は救世主の登場を待っていた。
派手に戦い、怪物を粉砕する魔法師や魔法少女はその筆頭。
必然的に、軍隊服の様な実用性重視のバトルスーツより煌びやかで華のある衣裳を身に纏った魔法少女に人気が高まりつつある時期だった。
渚の可憐な容姿と他を凌駕する魔法の才を見抜いていた麻耶は没個性に沈む事を憂いた。
本人の気持ちはともかく、結果的にこの判断は正しかったと言える。
経緯はどうであれ、世界を救った英雄として祭り上げられているのだから。
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