第9話 可能性と新たな魔法のカタチ

「燐花は食堂で待ってて」

「えー?」

「えー、じゃないでしょ。私達は大事な話があるの」


 不服そうに何度も振り返りながら反対方向へと歩いていく燐花りんかの背中を見送った後、麻耶まやに従って校長室へ。

 普通の学校ならば校長室は校舎の端の端、職員室の隣と相場は決まっているが、ここでは違う。

 有事の際は作戦指令本部の機能を果たすべく、校長室は校舎のほぼ中心の地下二階。

 シェルターや地下制御室のどこにでも駆け付けられる地点に置かれている。

 校長室というよりもむしろ地下帝国の首領アジトといった雰囲気に近い。

 部屋は二十畳近い広さがあり、向かって左手前に来賓用の皮張りソファーとガラステーブル、部屋の奥には高級感漂う木製の長いデスクがあり、左の壁面を隙間なく埋める収納棚には、各種資料が詰まったバインダーが整然と並べられていた。


「ここは、昔と一緒」

「褒め言葉と受け取っておくわ」


 麻耶は一旦部屋の奥へ向かい、上着を脱ぐとすぐさま別のコートを両肩に羽織った。

 コートは紺と緑の中間色の軍服に似たデザインで、胸元には最高責任者を示す幾つかのバッジが輝いている。

 それを肩掛けのように使っているのは、如何なものだろう。


「いいの。私はこれを羽織るのが仕事だから」


 なぎさの内心を見透かしたように麻耶が悪戯に笑う。


「そう言って、太って着られなくなったんじゃ――」


 言い切るよりも先に、凄まじい勢いで万年筆が飛んで来た。

 何とか反射で回避する。

 標的を外したそれはガツンと鋭い音を立ててドアに当たり、絨毯の上に落ちた。


「ん、何か言った?」

「なんでもないです。似合ってます」

「っそ。適当に座って」


 麻耶に来客用のソファーを勧められて着席。

 対面の席には、麻耶が深く腰をかけて足を組んだ。


「まずは話を聞きに来てくれてありがとう。それと、撃退成功おめでとう」

「それはさっきも聞いた」

「話の枕詞ぐらい黙って聞き流しなさい。で、単刀直入に行きましょう。例の新兵器の事」


 渚はグッと息を飲み込む。


「実際に使って貰った通り、あれは適性を失った者でも再び銀糸を操る事が可能になる優れモノ。また、適性があるものが装着すれば、本人の資質にも依存するけれど、より多くの銀糸を使う事が出来る。出力が増す効果が期待できるってわけ」


 ここまでが表向きの効能だと、麻耶は一旦言葉を区切った。


「でも、貴方が勘繰かんぐった通り、何のタネも無しに都合の良いパワーアップが出来る訳じゃない。何となくは察しがついてるでしょ?」


 麻耶の瞳が、真っすぐに渚を捉えて離さない。

 嫌な予感は最初からあった。

 もしあれが他の何か、誰かから力を借りているのなら。

 可能かどうかは別として、あの場で供給を得られる存在は一つしか無かった。


「燐花」

「ええ。あの腕輪は他の適性者から力を分けて貰う事が出来る。そういう装置よ」

「ふざけるのも大概にして!」


 感情の高ぶりが抑えきれず、麻耶に罵声を浴びせて立ち上がる。


「他人に負担をかけて誰かが力を使うなんて、絶対に認めない」

「渚ちゃん落ち着いて。座ってくれるかしら」

「結局、昔と変わってない。魔法師も魔法少女も消耗品、役に立たなくなったら――」

「いいから、座って、聞いてくれない?」


 圧倒的な威圧感を持った麻耶の命令に、主張はあっさりと断ち切られた。

 渚は気圧され、直ぐに言い返そうとしたが出来なかった。

 座った状態の彼女に対して、見下ろす私が圧倒的に優位の筈。

 けれど悔しい事に、蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 従う以外の選択肢は無く、顔を強張らせたまま静かに腰を下ろす。


「怒るのも当然。だけど、話を最後まで聞いて。私達だって、候補生や現役で戦ってる子達に無理をさせたい訳じゃない。最低限の安全性は確保してる」


 麻耶は一拍置き、渚が頷くのを待ってから説明を始めた。


「一人が力を取り戻せたとして、力を供給する側の身体負荷、適性寿命が短くなるなら意味が無い。私達は各国と連携を取りながらあらゆる可能性を検証したし、今も続けている。その膨大な検証の中で、ある事が分かったの」

勿体もったいぶらないで」

「人の銀糸に対する適性は大きく分けて二つある、って事。一つは個人の貯蔵最大容量。そしてもう一つは、限界出力よ」

「両方同じに聞こえるけど?」

「例えば、一秒間に十リットルの水が絶えず湧き出す井戸があると仮定するでしょ。この井戸が貯蔵最大容量。その井戸水を使うには当然、汲み上げないといけない。そこで、一秒間に五リットル汲み上げられるポンプを置いたとする。これが一般に適性と呼ばれる限界出力。私達が戦う時に身に纏える銀糸の量が違うのは――」

「ポンプの性能が違うから?」

「その通り。このポンプなら毎秒五リットルの水を使う事が出来るし、井戸は湧き続けているから枯渇しない。常に五リットルは余った状態。逆に十リットル汲み上げられるポンプがあっても、毎秒五リットルしか井戸水が湧かないなら五リットル分の力しか使えない。わかる?」

「イマイチ。その余りを他人に供給するって理屈? でもおかしい。私が現役の時、長時間戦うと銀糸は使えなくなった。湧き続けてるのなら、そんなことにはならない」

「それは井戸水を汲み過ぎたからじゃなくて、ポンプが長時間の稼働で効率が落ちただけ。集中している間はフルで運転してるけど、集中力が途切れたり疲労が蓄積すると効率が悪くなって、止まってしまう。時間を置けばまた動き出す」

「井戸の中身は関係ないって?」


 麻耶は、その通りだと頷きつつも「だけど」と前置きを入れる。


「ここが少しややこしいんだけど、井戸水は汲み上げた総量じゃなくて、個人差はあるけれど一定の期間で枯れるみたいなのよね」

「中が空っぽの状態じゃ力が使えないのは当然だよね」

「でもポンプ自体は劣化せず残り続ける。汲み上げる水がないから空転するだけ。逆に水さえあれば従来通り動く。その証拠に今日、貴方は銀糸を操れた。燐花の井戸から余った水を貰ったから、ポンプが正常に働いた」

「なるほどね。だけど、その説明じゃ適性が永遠に消えない理由にはなってない」

「こればかりは、私達の研究データを信じて、としか言えない」


 麻耶はデスクの上に大量の紙束がファイリングされたバインダーをこれ見よがしに置く。


「ここ数年、研究に研究が重ねられた結果がびっしり詰まってる。カブ・メリッヒ・ワドナーは知ってるわよね?」

「人が銀糸を使える仮説を立てた……確か、数千年前に宇宙人が洗脳の遺伝子を人に植え付けたとか、ってトンデモ理論を発表した胡散臭い科学者?」

「そう、あれ。私も最初は馬鹿馬鹿しいと思っていたけど」

「まさか、今は信じてるとか?」

「銀糸が使えた頃と使えなくなった後で、体の中の何かが失われているのは間違いない。脳のデリケートな部分の話だから、まだ特定には至ってないけど。人工的に銀糸を扱えるようになればその分野も大きく進展……っと、それは一旦置いて。この適性消失が個々の成長と連動しているのは体感した通り。例外もあるけれど」

「ウソでしょ……」

「お望みなら、この資料に全部目を通してみる? かなりの読みごたえがあるからお勧めしないけど」


 渚は自身がその例外に含まれる事を理解している。

 力を失ったのは、第二次作戦が終了した直後。

 敵の基地を壊滅させ、満身創痍の状態で病院に運び込まれた。

 体の方は回復したが、銀糸適性は失われていた。

 何らかの見えない攻撃を受けた可能性は高い。作戦に赴いた魔法少女十二人の内、半数以上が作戦途中で謎の出力低下により銀糸を維持できなくなったからだ。

 そこで早期に戦線を離脱したメンバーは、後も問題無く銀糸を操れたという。

 渚は不調を実感しつつも最後まで全力を振り絞って戦った結果、ゲート壊滅と引き換えに銀糸適性を失った。失ったと誰もが思った。

 力を失えばただの人。

 その頃には夢子を演じ続ける事が年齢的にも限界に来つつあった。

 渚の今後を考慮した結果、戦死という着地点が用意され、夢子という存在は死んだ。

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