第8話 懐かしい場所


ガインッ。


衝突の直前。怪物の体が、大きく左側に吹き飛んだ。

怪物は体を路面で削られながら数十メートル吹き飛ばされ、止まる前に砂の残骸と化して消える。

何故、と考えるよりも先に体が動いていた事に気付く。

敵を吹き飛ばしたのは他の誰でもなくなぎさ自身だった。


「どうして」


 手には、馴染み深いモノが確かに握られていた。

 装飾過多にも思える、見栄え重視の赤色で大きすぎるハンマー。

 昔より一回り小さく感じるのは、成長したからだろうか。


『お姉ちゃん、それ』


 燐花りんかに問われても、答える事は出来なかった。

 適性を失った筈の自分が、これを具現化させる事が出来る筈がないのだ。

 麻耶に託されていたケースは衝撃で飛ばされて近くに転がっていたのだが、中に収められていた銀色の塊、ケルマタイトの銀糸が消失していた。

 その銀糸はどこに行ったのか。そんなもの、この武器に変質した以外にない。


『間一髪、上手く行ったみたいね?』


 図ったように、回線に麻耶まやの声が割って入る。


「どういう事なのか説明して」

『その腕輪が貴方の新しい魔法の杖ってわけ』

「説明になってないっての」


 疑問は幾つもあったが、それよりも今は――、


「そそそっ、それって」


 目を丸くした燐花が、右足を少し引き摺るように渚の元へ駆け寄ってきた。

 よく見れば右足は完全に銀糸が爆ぜて変身が解けた状態で、元のブーツが露出している。


「その足、怪我は?」

「ううん、大丈夫。ちょっと無理しちゃっただけ」


 先ほどの爆発と超加速。

 あの爆発は敵の攻撃によるものではなかった。

 燐花は本来自分の身を守る為に纏う銀糸を、あえて超加速の起爆剤として利用したのだ。

 あの加速は大きな切り札だが、爆ぜた部分は生身同然まで防御力が低下する。

 そんな箇所に敵の一撃が掠めれば、直撃でなくともたちまち足が千切れ飛ぶだろう。

 速さの為に防御を捨てた、捨て身の技。

 負担となるのは敵の攻撃だけでは無い。

 砲台を潰す連続攻撃を支える為、足には相当の負荷が掛かった筈。

 彼女が足を引き摺っているのは、その為だ。

 負傷した少女は自分の事はどうでもいいと言わんばかりに、渚を――正確には手にしたハンマーを凝視していた。


 ……これは多分、面倒な状況だ。

 

 後の祭りと知りつつハンマーを後ろ手に隠す。

 当然、彼女の視線は背中を追いかける。


「いやまぁ、これは」

「その武器、夢子さんが使ってた武器だよね!?」

「うーん、どうだろう。似てるだけじゃないかな」

「間違いないよ! 私、沢山映像を見て、怪物を倒す練習をしたんだから」


 なるほど、あの堂々とした立ち回りはそういう事かと合点する。

 普通はどれだけ訓練を積んでいても、実践となれば嫌でも敵の巨大さに圧倒される。


「ほら、姉妹だから」

「でも、登録されてた武器が違う。それに、渚お姉ちゃんが戦ってるの、私見た事無い」

「麻耶さん、聞いてるんでしょ。何とか言って!」


 これ以上の面倒は御免だと、堪らず麻耶に助けを求める。


『ごめんね、諸々の処理手配で忙しい。車動いたらすぐ向かうからよろしく。一旦切るわね』

「なっ、ちょっと待て!」


 と言って彼女が待つ筈も無く、わざとらしく回線は切られてしまった。


「もしかして、もしかして! お姉ちゃんって実は……」


 燐花の期待に輝く瞳から逃れるように、渚は青すぎる空を仰いだ。



   ◆◆◆



「随分と気に入られたみたいね」

「見ての通り。おかげさまで」


 渚の胴に腕を回してべったりの燐花は、銀糸を解いて元の姿に戻っている。

 渚のハンマーもすっかり銀糸へと戻っていた。


「二人共、御苦労さま」

「もう、どうしてお姉ちゃんの事、教えてくれなかったの?」

「サプライズよ、サプライズ。驚くと思って」

「最初から教えるつもりだったのね」

「遅かれ早かれ、露見する事だったし。遅いか早いかの違い。この襲撃、ある意味ベストタイミングだったわね」


 やれやれと頭を抱える。


「怪物の出現も仕組まれてたんじゃないの?」

「まさか。正確に出現位置を予想出来るなら、迎撃に苦労しないわよ。でしょ?」


 怪物の出現位置と時間を知るのは非常に難しい。

 現在、怪物は南極に残る敵拠点から各地に転送されている。

 予測を正確にする研究は行われているが、敵もより察知されにくい方法を編み出し続けており、予測の分野はイタチごっこが続いている状況だ。

 正確な予知が可能なのは、今も昔も予兆の規模が桁外れな大型の出現のみである。


「派手に決めたわね。大手柄よ。臨時ボーナスも出るわね」

「アイスクリーム食べられる?」

「ええ、沢山ね」


 喜ぶ燐花の傍らで、麻耶が手配した回収班が敵の残骸である白い粉、純正ケルマタイトの回収を始めていた。

 あれが回収の後に最先端の科学技術を駆使して精錬され、銀糸へと生まれ変わる。

 魔法師、魔法少女は敵の死骸をまとい、己の武器として戦っている。

 そう考えると、ゾッとしない話だ。


「久々に戦った感想はどう?」

「一瞬だったし、正直、実感が無い。特に、自分の力だって感触が」

 腕輪を戻したケースをすぐさま麻耶に突き返し、改めて問う。

「何なのよコレ?」

「試作三十二型」

「名前は聞いてない」

「体験した通りだって。適性を失った人が、再度魔法を使えるようになる為の道具。勿論、誰でもじゃない。元々、適性があった人に限るけど」

「それだけじゃないでしょ?」

「うん。銀糸を使うには素質だけじゃなくてエネルギーが必要よね。エネルギーは一体どこから来ているのか。こんなおもちゃにそんな力はない。そう言いたいんでしょ?」


 解かりきった事をあえて並べ立てる麻耶。

 渚は苛立ちを押さえるのに必死だった。


「話をするには作業の邪魔ね。移動しましょうか?」

「はぐらかす気?」

「知りたいならついて来なさい。嫌なら帰ってもいいわよ」


 全てを見透かすような挑発的な視線。


「……話を聞くだけ。それだけだから」

「そうこなくっちゃ」


 結局、麻耶の思い通りに全てが運んでいる、と確信する。

 こんな地に足のつかない状況で、「関係ない」と割り切る事は出来なかった。

 促されるままに麻耶の車に乗り込む。燐花も後部座席へ収まった。


「このまま特防に向かうから。燐花ごめんね、お食事はまた今度って事で」

「うん、大丈夫。我慢する!」


 我慢どころか、満面の笑みで頷く燐花。

 車が走る事およそ三十分。

 市街地から内陸方向へ少し離れた広い平野の中腹に、特殊防衛学校の施設群があった。

 施設の周囲は巨大かつ分厚い壁で覆われており、一般人の立ち入りは緊急時を除いて禁止されている。

 世界がある程度平和になっても、警備の厳重さは数年前と変わらない。


「どう、懐かしい? この特別侵入許可申請書にサインよろしく。あ、名前間違えないでね? 夢子じゃないからね?」

「そんな間違いするかッ!」

「燐花は戻りの方にサインね」

「はーい」

「手続きの面倒臭さは変わらないんだね。五年前ならまだしも、今のご時世にこんな厳重な警備いらないと思うけど」

「今だからこそ必要なのよ。ここは日本有数の銀糸貯蔵量を誇ってる。私だって、ここにケルマタイトを強奪しに来る馬鹿が居るとは思いたくないけどね」

「そんな人が……」


 いる筈がない、とも言いきれない。銀糸は現在、金よりも高額で取引される代物だ。

 売れば高価、そして適性を持つ人間にとっては魔法の源でもある。


「相手が魔法を使えるって想定すると、この警備でも十分とは言えないでしょ?」


 怪物に対して通常兵器が殆ど通用しないように、銀糸を纏った魔法師や魔法少女にとっても通常兵器は豆鉄砲同然だ。

 銀糸の軍事利用。

 人類が滅ぶかどうかの瀬戸際にあった五年前には、考えもしなかった事だ。


「それに、ここに居るのは精神が未熟な年頃の子供達だもの。どんな些細な理由で銀糸を纏ったまま外に飛び出そうとするか分からない。外の人達の安全は勿論、生徒達の安全を守る為に必要なの」

「過保護なことで」

「皆には息苦しい思いをさせてるのは重々承知。けど、問題が起こってからじゃ遅いのよ」

「相模校長先生、私は気にしてないよ?」

「そう言ってくれると嬉しいわ」


 厳重なチェックの末に正門を潜ると、いよいよ特防の敷地内に出る。


「昔よりも設備は充実してるみたいね」

「貴方が抜けてから増えた建物は確か三つ、ううん、四つね」


 特防の中の建物も外と同じく対襲撃用建造物のみで、十メートルほどの四角い豆腐のような建物には、四方に大きく番号がペイントされている。

 それでも市内にある建物との違いを無理に挙げるとするなら、圧倒的な窓の少なさだ。

 学習校舎や学生寮は例外として、建物によっては窓が一つも無いというのも珍しくない。


「今の生徒数は?」

「候補生が全部で二十八人。適性ありと見込まれた子が六人ね」

「…………」

「思ってたより少なかった、って顔してる」


 この場で基礎を学び、およそ七年の訓練課程を終えた者が日本防衛の為に各地へと散っていくが、実際に迎撃出来るのは銀糸の適性が失われるまでのおよそ五年程度。

 到底、日本全国をカバーできる人数ではない。


「講師も足りてないのよ。お国の為だって言っても、命の危険があるかもしれないのに給料は民間平均かそれ以下だから」

「同情はしないから」

「はっ、同情された方が虚しくなるわ」


 車は尚も広い舗装道路を進み、施設のほぼ中心にある巨大な校舎の裏に止まった。

 巨大と言っても、高さは当然制限されている為、横幅や敷地の専有面積を意味する。

 渚達は車から降りると、その足で職員用裏口から校舎に入った。

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