一月十日 放課後

『相談したいことがあるんですけど、空いてる日はありますか?』


 これは十二月中に送ったメッセージ。連絡はない。


『明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。ユア先輩、忙しいですか? 全然連絡がないので心少し不安です。どうぞ今年もよろしくお願いします!』


 これは元旦に送ったメッセージ。連絡はない。


『こんにちは。学校が始まりましたが、空いている日の放課後はありますか? 学校でも、学校じゃなくても大丈夫なので、連絡お待ちしています』


 これは三日前に送ったメッセージ。連絡はない。


 学校外での文集販売について、確認が取れていないのはユア先輩だけだった。スマホの画面には、私の発したメッセージだけがどんどん溜まっている。


 それより前のメッセージをスクロールすると、文化祭の頃のやり取りが表示される。ユア先輩からのお礼や謝罪や、文化祭を楽しみにしている様子。あの頃の気持ちも同時に沸き起こってくる。


 この落差を目の当たりにすると、ユア先輩が私の知る人ではなくなってしまったことを思い知らされる。私のことなんか、多分、どうでもいいと思っているから連絡をくれないんだ。


 私はユア先輩のことを知っている気になっていただけなんだろうか。私たちにいつも見せていた笑顔は、偽物だったんだろうか。


 それがどうあれ、私たちが前に進むためにはユア先輩に会わなくちゃいけない。でも全然会えなくて、連絡もなくて、そんなに嫌われているのかと思うと苦しくなる。あの時、あのタイミングで、あんな形じゃなかったら、こんなことにはなっていなかったはず。私たちは頑張って、もがいているのに、ユア先輩は関係ないって思ってるのだとしたら、許せない。


 ワンコール、ツーコール。


 ユア先輩と連絡がつかないままだけど、昨日は生徒会の先輩に話してしまったし、もう進むしかない。時間がないから、早くユア先輩と連絡を取りたいのに、私の耳には無機質な電話のコール音だけが響いてくる。


 たっぷり二分は鳴らしたと思う。だけど一向に出る気配はない。私は仕方なく電話を切った。


「出ないの?」


 ケイが心配して私の顔を覗き込んできた。


「うん……」


 放課後の教室の端っこで、私は深い溜息をついた。


 もうこうなったら教室まで会いに行くしか、他に方法がない。


「やっぱり、会いに行くしか、ないよね」


 二人の口から、何か別の方法が出ないかと期待しながら言った。


「それが一番確実だね」


「確か、二年三組だったかな」


「なんでケイが知ってるの?」


「ほら、文化祭の時に色んな先輩たちのクラスを調べたでしょ。それを覚えてたの」


「よく覚えてるね」


「二年三組……」


 あっさりと二人に肯定されてしまった。ケイが教えてくれたクラスを復唱して覚える。


 二年生の先輩はユア先輩以外知らないから、とても怖い。だけど動かなくちゃ、何も変わらない。


「一緒に行こうか?」


 ユカリが心配してくれている。


 本当は二人についてきてほしいし、一緒に立ち向かってほしい。でも文芸部じゃない二人と一緒に、ユア先輩に会いに行くのは違う気がする。


「ううん、一人で行くよ。心配してくれてありがとう」


「あとで甘い物でも食べよ。ご褒美に!」


「ケイはいつでも、でしょ」


「あはは……。うん、ありがとう」


 二人に別れを告げて、私は教室を出た。逃げ出したい足にムチを打って、ユア先輩の教室を目指す。どんなふうに話そう。なんて言ったらいいのだろう。放課後だし、もしかしたらもう帰ってしまって居ないかもしれない。


 ぐるぐると正解のない問いが頭に浮かんでは消えていく。


 一階が三年生、二階が二年生、三階が一年生とそれぞれ学年でわかれている。階段を下りて二階に来ると、本当に知らない顔だらけだ。自分と同じ制服なのに、スカーフの色が違うだけで別の世界に来たような気がする。見慣れた顔が一人も居ない。肩身が狭い。二年三組はどこだろう。早く見つけて帰りたい……。


「一年生……? どうしたの?」


 ハッとして顔を上げると、目の前に二年生の先輩が立っていた。セミロングの髪型、細い目元、どこかで見たことあるような気がするけれど、誰だったか思い出せない。


「あら、あなた、いつも図書室にいる子ね?」


「……あ、はい。……えっと……?」


「図書委員の桜井よ。誰かに用事?」


 そうだ、図書室のカウンターの向こうでいつもテキパキと仕事をこなしている先輩だ。静かな秩序に守られた場所では必要最低限の会話しかなかったから、今初めて先輩の名前を知った。私のことを覚えてくれていたなんて、意外だった。


「はい。あの、文芸部一年の由良カレンです。その、二年三組の華谷ユア先輩は、いますか?」


「どうかな、教室にいなければわからないけど。……こっちよ」


 どうやら桜井先輩が案内してくれるらしい。よく知らない先輩とは言え、顔見知りの先輩がいてくれると心強かった。


「華谷、いる?」


 二年三組の教室の入口で、まだ残って話していた数人の女子グループに桜井先輩は話しかけた。


「いるよー。……ユアー! お客さん!」


 グループのうちの一人が、教室に向かって大きな声を上げた。


「なにー?」


 数秒遅れて、大きな返事を返しながら、ユア先輩が廊下へ顔を出した。


「ユア先輩、あの」


「カレン! 久しぶり! どうしたの?」


 私の言葉を遮って、前と変わらない態度のユア先輩に面食らってしまった。


「あ、あの、相談があって」


「相談? ごめん、今日この後予定あるんだよねー」


「え、でも」


「ほんとごめんねー」


「じ、じゃあ、いつなら空いてますか」


「うーん、しばらく放課後は忙しくてさ」


 屈託のない笑顔だけれど、ユア先輩が何を考えているのか、まるでわからない。口調も声色も表情も、何も変わらないように見えるのに、何もわからない。今まで見たことのない顔に、苦しくなってくる。


「でも、あの」


「華谷、今日だってどうせまだ時間あるんでしょ? 一年がわざわざ二階まで来てんだから、ちょっとぐらい話聞いてあげたら?」


「そうだよ~。それにそういうことなら、ウチら待ってるし」


「お願いします」


 先輩たちの援護射撃を受けて、私も一生懸命お願いをした。


「わかったわかった。ちょっと待ってて」


 ユア先輩は諦めたように言って、一度教室へ引っ込んだ。


「お待たせ。とりあえず、部室に行こっか」


「いってらいってら~」


「ウチら教室で待ってるから~」


 先輩たちに見送られて、二年三組の教室を後にした。


 私より少し先を歩くユア先輩の背中が見える。桜井先輩たちと別れてから何も話さないので、ユア先輩が今何を考えているのか、どんな表情をしているのかはわからない。


 部室までの道のりがこんなに遠いなんて思ってもみなかった。道中どんな話をしたら正解なのかがわからなくて、私から話しかけることもできない。そしてユア先輩の背中も、なんだか遠くに感じた。


 チラリとも私を振り向いたりはしない。私はただ、黙ってユア先輩の背中だけを見つめて追いかけた。


「うわー、部室久しぶりだな」

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