一月一日
「あ、カレンー! こっちこっち!」
人混みの切れ間で、ケイが手を振っているのが見えた。私も振り返して、人の波をかき分けながら進む。夏祭りの時のような、たくさんの人で賑わっている。ちらほらと着物を着ている人もいて、目にも鮮やかだ。
今日は一月一日。一年の一番最初の日。まだ朝の匂いが残る寒さの中、私とケイとユカリの三人は顔を合わせていた。
最初に初詣に行こうと言い出したのはケイだった。せっかくだからみんなで行こうと連絡が来て、ユカリと三人で行くことにした。
「明けまして、おめでとうございます!」
なんとか無事に合流することができて、新年のあいさつを交わす。
「昨日のテレビ見た?」
「見てない。PCで配信見てたから」
「私は早く寝ちゃった」
新しい年になったっていつもと大して変わらない話題で、それが心地よくて、こんなに人がいるのに居心地が良い。ケイは大好きなジャニーズの話をずっとしている。クリスマスに行ったライブの振り返りからなので、話し終わるのはだいぶ先になりそうだった。
「でね、アンコールの時に絶対私と目が合ったの。見つめ合っちゃったの! もう一生の思い出だよぉ~」
ケイの話を聞きながら、なんとなく周りを眺めて見る。神社の本殿に続く道は、普段からは想像もつかないほどの人で埋め尽くされている。じりじりと進んでいく前の人についていかざるを得ない。これを外れてしまったら、また最初からやり直しだ。そうなったらお参りできるのが何時になるのか、見当もつかない。
「あ、ねえ、あそこで何か配ってるみたい」
「ん? あぁ、あれね。お汁粉か甘酒だと思うよ。毎年やってるよね」
「ユカリは毎年来てるの?」
慣れた様子で話すユカリを見て、私は言った。
「うん。いつもは家族と来るよ」
「初詣って寒いから私来たことなーい」
「え、じゃあなんでみんなで行こうって言ったの?」
「寒いのは嫌いだけど、やってみたかったら!」
ケイは無邪気に笑って言った。素直に思ったことを言えるのは、ケイの素敵なところだと思う。
「お参りしたらおみくじも引こうよ! それで、さっきのところまで来て甘酒かお汁粉をもらおう。お汁粉がだといいなぁ」
「そんなにすぐにはなくならないから大丈夫でしょ」
「おみくじ、良い結果が出るといいね」
遠かった本殿もおしゃべりに夢中になっていたらあっという間だった。
目の前に来た本殿は、いつもより大きく見えた。背筋が伸びるような寒さを孕んだ風が、私達の間を吹き抜けた。隣を見ればケイとユカリが手を合わせて何事かを祈っている。用意していたお賽銭を投げて、私も手を合わせた。
先輩たちと計画した申請書とか色々なことが何事もなく進んで、無事に文集を売れますように。部室に残った全ての文集が、小熊書店で売り切れますように。私の大好きな、大切な場所でまた、笑い合える日が来ますように。
一生懸命願っていると、じりじりと進んでくる背後の参拝客に押されて、本殿の前から急いで退散した。
「何をお願いしたの?」
「秘密」
「ケイは?」
「今年もライブ当たりますように!」
「ケイらしいね」
途切れていた会話を再開しながら、人混みに紛れて元来た道を戻って行く。
「……あ」
参拝を終えた人たちの列に、ユア先輩の姿を見かけた。ふわふわの暖かそうな深紅のマフラーを巻いて、とても楽しそうに誰かと何かを話している。
一緒に居る人の顔はよく見えないけれど、とても仲が良さそう。ユア先輩の笑顔はたくさん見てきたと思っていたけれど、あんな楽しそうな顔を見るのは初めてだった。
「はい、カレン」
気がつくとケイがもらってきたお汁粉を私に手渡してきた。
「あ、ありがとう」
「どうしたの、ぼーっとして」
「うん……」
人だかりから少し外れて、三人で甘いお汁粉で温まる。
「ユア先輩がいたのが見えたの」
二人に向かってそう言ってから、初詣に来ていたっておかしくないのに、変な言い方しちゃったなと考え直して恥ずかしくなった。
「先輩、一人だったの?」
「うーん、誰かと話してるみたいだったけど、よく見えなかった」
「放っておきなよ、あんな先輩」
ユカリが冷たく言い放った。
「カレンがあんなに頑張って準備してたのに、全部ないがしろにして辞めたんでしょ? すごく無責任だよ。勝手に仕事押し付けて、だるくなったら逃げるなんて」
「……うん」
「カレンは優しいから、あの先輩のことが好きかもしれないけど、もっと怒っていいと思う」
実際、怒っているとは思う。ユア先輩はどう思ってるんだろう。私たちのことはなんとも思っていないのかな。一緒に笑って過ごしてきたと思っていたけど、信頼されてなかったのかな。何が原因で辞めたくなったんだろう。だけど、どうしてあのタイミングだったんだろう。自分勝手に私たちを振り回して、私もレン先輩もユア先輩のせいでとても苦労した。生徒会からも文化祭実行委員会からも怒られたり、迷惑をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。その時、その瞬間にユア先輩はいつもいなかった。
入部したての頃のように、文化祭の準備の時みたいに、ユア先輩を信じ切ることはもうできない。だけど、嫌いとか憎んだりとかはできない。
「約束破ってばっかりで、二年生の他の先輩から嫌われてるらしいよね~。特に生徒会のルナ先輩からは目の敵にされてるらしいよ」
「えっ、そうなの」
文化祭の時の厳しい物言いを思い出していた。とても怖かったのは、ユア先輩に怒っていたからなのかな。
「カレンが憧れてるみたいだったから、今まで言えなかったけどね。やっぱ、好きな先輩の悪口とか聞きたくないでしょ?」
ケイが心配したように私の顔を覗き込んだ。
「うん……。気にしててくれて、二人ともありがとう」
「いいっていいって! それよりさ、おみくじ引こうよ!」
ケイが明るく笑い飛ばして、話題を変えてくれた。
私もそれに倣って笑ったけれど、私の頭の中はユア先輩のことで段々埋められていくようだった。
たくさんの人に埋もれて見えなくなってしまったユア先輩。私のことなんて、きっと見えてなかった。見かけたからと言って、声をかけようと思ったわけじゃないのだけど、気づいて欲しかった気持ちと気づいて欲しくない気持ちが合わさって、どうしていいかわからなくなっていく。
「やったー! 大吉だ!」
「吉」
「私は中吉だ」
願い事、待ち人、勉強、どれも苦労するが良くなると書いてあった。
少しだけ救われた気持ちになって、私は新学期に思いを馳せた。
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