十二月二十七日

「二人揃って、何かあったの?」


 私たちを見て、シズカ先輩は心配そうにそう言った。


 昼下がりの図書館。年末の慌ただしい時期だからか、図書館の中もなんとなく忙しない。冬休み期間もあって、いつもよりも人が多い気がする。話し声があるわけじゃないけど、人がいるというだけで空気がざわついて騒がしい。


 シズカ先輩と会うのも久しぶりだった。レン先輩と違って、推薦で進学がもう決まっているシズカ先輩は、少しだけ余裕があるように見えた。


「あの、部活のことなんですけど」


 図書館の一角にある広々とした休憩室には、午後の柔らかな日差しがたくさん降り注いでいる。お昼ご飯を食べている人やおしゃべりをしている人が、あちこちに点々と座っていた。その隅の方に私たちも陣取って、シズカ先輩に相談を始めた。


「文化祭の時に作った文集なんですけど、半分残っちゃったじゃないですか。それって処分したり、なにか決まりがありますか? レン先輩にも聞いたんですけど、シズカ先輩は部長だったからもっと詳しく知ってるかもしれないって言われたので……」


 のんびりとしていて、マイペースで、おっとりしているシズカ先輩が部長だったなんて、初めて聞いた時は信じられなかった。でも、アドバイスが的確だったり、トラブルがあってもゆったり構えているような余裕があったり、何かあった時にそっと気遣ってくれる姿は部長を経験したからなのかもしれないと思った。


 レン先輩曰く、なぜか歴代の文芸部部長は女性が務めることになっているらしい。理由はわからない。昔からのしきたりなのだそうだ。


「古峰くんから聞いたかもしれないけど、年度末の大掃除で一気に捨てちゃうか、欲しいって人に無料であげるかの二択なの。今年みたいに半分も余った年が今までにあったのかは、私も知らないんだけどね」


 小首を傾げながら言うシズカ先輩。ふわりと柔らかな髪の毛が肩のあたりで揺れた。


「やっぱり、そうなんですね。みんなで、せっかく頑張って作ったのに捨てるのは悲しいなって思ったんです。だから小熊書店で売ろうと思うんです。あ、店長には許可もらってます。それで、あの、シズカ先輩はどう思いますか? 文集は文化祭のために作ったと思うんですけど、それ以外のところで売ってもいいですか?」


 ドキドキと不安を抱えながらそっとシズカ先輩を見た。


 シズカ先輩はびっくりしたように目を丸くして、ぽかんと私を見ている。その姿を見て、私の心はどんどん不安になる。


「カレンちゃんが店長に確認取ったの?」


 どうしようと口を開こうと思った時、シズカ先輩が言った。


「正確には宇留野さんが提案してくれたんです。部活のことを話したら『誰のための部活なの?』『余ってるならここで売れば?』って言われて。それで色々考えて。文化祭の日、ユア先輩が辞めるって言ってから、部活のこととか考えないようにしていたんですけど、やっぱり、ちゃんとしたいんです。私にとって、好きな場所でしたし」


 素直に思っていることだけれど、弁解のように口から言葉がこぼれ落ちた。シズカ先輩の驚いた様子が、何を意味しているのかわからなくて少し怖い。


「そっか……。カレンちゃんなりに、部活のことを色々考えてくれていたんだね」


 シズカ先輩はそう言うと、私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。柔らかくて、温かくて、こんなふうに近い距離で誰かを感じるのも久しぶりだった。


「すごくいい考えだと思う。誰かに届けたくて書いた作品たちだもの、あんなにたくさん余って、捨ててしまうのは嫌だなって私も思っていたの」


 にっこりと微笑むシズカ先輩はとても嬉しそうな顔をしていた。その表情を見て、私もホッとした。よかった。シズカ先輩も同じ気持ちだった。


「私は、もう来年は文芸部にいないじゃない? なのに、部活のことに口を出すのは違うかなって思って……。でも文化祭の日があんな感じだったし、ユアちゃんの次の部長も決めてないし、そもそもカレンちゃんとタケルくんが、続けたいと思ってくれてるのかもわからなかったからね……。だから、カレンちゃんからこんな相談をもらって、とても嬉しいよ」


 もしかしたら、元部長としてシズカ先輩は責任を感じていたのかもしれない。


「ほら、諸星は大丈夫だって、言っただろう?」


「でしたね」


 三人で顔を見合わせて笑い合った。なんだか初めて、先輩たちと同じ目線に立ったような気がする。前までの私は、誰とも目を合わせないように俯いて過ごしていたし、先輩たちに任せきりにしていたと思う。そう考えると、恥ずかしくなってきた。そして先輩たちの優しさがとてもありがたく感じる。


「そうと決まれば、学校外での販売許可を取らなくちゃね!」


「そうだな。ひとまず生徒会に通すのがいいのかな」


「すんなり通してくれるでしょうか……」


「きっと大丈夫よ。文化祭の時より、今の方が準備期間もあるし、ここには三人分の知恵があるからね」


 シズカ先輩の笑顔がとても頼もしい。対等に、私もちゃんと数えられていることに気がついて、誇らしい気持ちが湧き上がった。


「あ、でも、まだタケルと、ユア先輩に許可を取れてないんです。大事なことだと思ったので、ちゃんと会って説明して話したいなって思ってたので」


「そっか。じゃあ確認が取れたらすぐ動けるように、今のうちに予定を立てちゃおうか」


 そうして三人で、新学期が始まったらあれを確認して、これを準備してと、額を寄せ合って相談をした。


 タケルと顔を合わせることも、ユア先輩と顔を合わせることも、考えるほどに気まずくて緊張してくる。半年間一緒に過ごしてきた仲間なのに、こんなふうに感じる自分がなんだか情けない。


 ずっと変わらないものなんてないんだな、なんてことをちょっとだけ考える。だけど私が文芸部を好きなことは、あの場所が好きなことは変わっていない。変わっていないどころか、今は前よりハッキリと意識している。


 どこまでできるかわからないけれど、できることを精一杯やってみよう。バイト先も、この二人の先輩も、応援してくれるのだから。


 そうして日差しが傾くまで、私たちの作戦会議は続いた。このソワソワする感覚は、きっと年末だからっていうだけじゃないはずだ。


 新学期が、とても待ち遠しい。

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