十月二十八日 朝

『明るくなったら昼で

暗くなったら夜だと言うのね


夜と昼の間が朝と呼ばれて

昼と夜の間が夕暮れだと教えてくれた


夜がどんどん後退していくあの時も

じわじわと昼が蝕まれていくあの時も

どうして同じ名前でいられるの


こんなにグラデーション

頭の上も 名付けられないくらいにたくさんの色


ハッキリとそれそのものになるのはいつなのだろう

ページをめくって終わるような分かりやすさじゃ追えないわ


そんなにも容易いのなら

こんなに焦がれたりはしなかったの』



「えっ!? 作って来たんですか!?」


 朝、部室で大きな声を上げたのはタケルだった。


 文化祭二日目の朝、私が部室に来ると、タケル、シズカ先輩、そしてレン先輩がもう来ていた。


「これね、ユアちゃんのアイディアなの。歩き売りの人たちはみんなプラカードみたいなものとか、看板を持っているでしょ? 何か作れないかって相談されてね、私も作ってみたんだ~」


 シズカ先輩が指をさしたA3くらいのパネルは、首から下げられるように紐がついていた。「ここにしかない物語 文芸部」と書かれている。一枚はカラフルで丸みのあるレタリングでポップで可愛らしい雰囲気、もう一枚は黒を基調としたシンプルな看板だった。


 それから作りかけのは、大きなお盆のような、四角い箱のようなものだった。これも首から下げられるようになっていて、文集を何冊も持って売り歩けるようにするためのものらしい。


「ユア先輩が……? シズカ先輩に、相談したんですか?」


 複雑な表情でタケルが言った。


 昨日の放課後、生徒会室を出てからみんなに連絡をした。二日目だけだけど、文芸部も参加できること。校内を歩いて私たちの物語を売ること。そういうことを伝えて、参加できる時間帯をもう一度確認したけれど、ユア先輩からは返事がなかった。


 なんで一言言ってくれなかったんだろう。そういうことなら教えて欲しかった。シズカ先輩には個別に連絡しているのに、グループのメッセージには返事がなかったことに黒い気持ちが芽生える。


「そうだよ~」


「それでシズカ先輩は、今日早く来て、これを作ったんですか?」


 今度は私がシズカ先輩に聞いた。今朝来たのだとしたら何時に登校したのだろう。早く来てって言われれば、その準備も手伝ったのに。


「ちょっとだけね。こっちの看板は昨日の夜作ったんだけど、こっちの箱は材料の段ボールがなかったから」


「うちのクラスに段ボールが余ってたから、諸星に言われて持って来たんだ」


 レン先輩が言葉を引き継いだ。その話しぶりから察すると、先輩たちで連絡は取り合っていたみたい。知らなかったのは、私とタケルだけ。仲間外れみたいで、悲しくなってしまった。私たちだって文芸部の一員なのに。


「それでも、言ってほしかったです」


 つい私の口から言葉がこぼれた。


「ごめんね。二人とも、昨日の疲れもあるだろうなって思って連絡しなかったの」


 シズカ先輩にそう言われたら、それ以上続けることはできなかった。


 ガラガラ―――。


 心にモヤモヤが広がって、嫌な気持ちに支配されそうになった時、部室の扉が開いた音がした。


「おはようございまーす! 今日もいい天気そうだね!」


 ユア先輩だった。元気いっぱい、という様子で明るく入ってきた。


「私、部長なのに、ちゃんとできなくて、すごく迷惑かけて、本当にごめんなさい」


 ハッキリとそう言いながら、小脇に抱えていた看板と箱を机の上にそっと置いた。


「それでこれ、昨日、シズカ先輩に相談して。せめて私にできそうなことをしようと思って」


 看板には「『わたし』がここにいる 文芸部」と書かれ、カラフルなものも、シックなものもあった。箱とセットになっているのか、同じカラーで飾られていた。シズカ先輩のものより小さいサイズだけど、目を引くデザインや色をしていて、これなら遠くからでも目立ちそうだった。


「売り歩くのに看板とか箱が必要だし、朝みんなで来てから作ってたら間に合いそうになかったから。……カレン、本当にありがとうね」


 説明をしながら、私のことを抱きしめるユア先輩。モヤモヤしている自分が少し情けなく思うけれど、それだけで吹き飛ばせるほど素直にもなれなくて苦しい。


「タケルも、迷惑かけたよね。先輩たちも、みんな本当にありがとうございます」


 ぺこりとユア先輩は頭を下げた。


「今日は外部のお客さんも来るし、昨日とは全然違う一日になると思う。私もずっと部活の方に居られればいいんだけど……。絶対時間作って抜けてくるから。みんなで作った文集、頑張って色んな人に届けよう!」


 キラキラと言うユア先輩を、私はなんだか不思議に思って眺めていた。それは心に広がったモヤモヤのせい。今までなら、ユア先輩の頼もしい言葉で安心していたのに。信じてないわけでも、嫌いなわけでもないはずなのに、なぜだか遠くの方で言われているみたいに感じた。


「じゃ、もう一度確認だけど、カレンとタケルは初めてだから、基本的には俺とカレン、諸星とタケルの二人一組で販売。ユアは空いた時間で自由にしてもらって。午後とかに慣れてきてできそうなら一人で売り歩いてもいいけど、お金や在庫の確認をしっかりすること。クラスのことや何かあれば必ず連絡し合うこと」


 レン先輩が今日の予定を確認していく。その声を聞きながら、今日のことを考えた。ケイとユカリが買ってくれるって言っていたけど、本当なのかな。白木さんは遊びに来てくれるのかな。そういえば、バイト先のみんなも来てくれるって言ってくれてたっけ。


 色んな人に会って、文集を売って、そうして文化祭が終わってしまうんだな、と考えが行きついた時、まだ始まってもいないのに寂しい気持ちになってしまった。


 昨日も、昨日までも、色んなことがあったな。泣いても、笑っても、悔いのないように楽しまなくちゃな。


 ひんやりとした空気と、透明な日差しが綺麗な朝だった。

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