十月二十七日 日中

「いらっしゃいませー!」


「どう? この衣装、かわいいでしょ」


「ドリンク一つお願いねー」


「ね、このステージ一緒に見に行こうよ!」


「あっちで面白そうなのやってた」


 教室の内側からも、外側からも、活気づいた声が響いている。


 クラスに戻った私は、ケイとユカリと一緒にドリンク作りなどの裏方に入っていた。「部活優先でがんばって」と二人に送り出されていた手前、戻ってくるのは恥ずかしかったけれど他に行くところもなかった。一人でいたってどうしていいかわからないし。


 タケルはすぐに加瀬くんたちと合流して、どこかへ歩いて行ってしまった。あんなに怒っていたのに、すぐに笑顔で去っていく横顔を見て、私は複雑な気持ちになっていた。


 ユア先輩に対する怒りもあったけど、それよりも私が気がかりなのは放課後に生徒会室へ行くレン先輩と、その結果次第で変わる明日のことだった。もし、持って行った申請書が通らなかったらどうしよう。そうしたら、明日も、私たち文芸部は文化祭に参加することができない。あんなに頑張ったのに……。何か、私にできることはないだろうか。


 考えるけれど、何もいいアイディアは浮かんでこない。学校行事に積極的に参加したことがないのもあって、どうしたらいいのかわからない。自分の無力さに腹が立って来るけど、どうすることもできなかった。


「カレンの部活の部長、まじであり得なくない!?」


 休憩に入ったタイミングで、話を聞いたケイが大きな声を上げた。


「準備とか丸投げじゃん! 他の先輩は何も言わなかったの?」


「みんな勉強とか色々、忙しいし」


「カレンだって忙しいのにやってたじゃん!」


「私は……、一年生だし、先輩たちよりは忙しくないから」


「わざわざバイト先に休みを申請して、お昼休みも全部返上してっていうのは部活を大切にしたいカレンからしたら大したことないかもしれないけど、すごいことだよ」


「そ、そうかな」


「そうだよ! あ、すみません」


 カゴにポップコーンをたくさん詰めた生徒がケイとぶつかりそうになった。黄色やピンクのポップなカラーにコーティングされたポップコーンがとても可愛らしい。


「ポップコーン百円でーす!」


 そこそこ大きな声で宣伝しながら歩き去っていったその人は、多分二年生か三年生。


「このあとそのステージでダンス部の発表があるんで見に来てくださいね!」


「今日の運勢を占えるカフェはこちらですよー!」


「そこのブースでワークショップやってるんですけどいかがですか?」


 三人で話しながら校舎内を歩いていると、色々な人たちが自分のクラスの出し物や出店に勧誘してくる。


 教室の前に立っている人もいれば、看板みたいなものを背負ったり、さっきみたいに商品自体を持って売り歩くクラスもある。


「あ」


 歩きながら思いついた。


 固定の場所が借りられなかったら、私たちも売り歩くスタイルでお客さんに物語を届ければいいんじゃないだろうか。さっきのポップコーンの先輩みたいに。それなら場所を確保してもらう必要はないし、邪魔にならないように歩き続ければいい。


「どうしたの?」


 立ち止まった私に、ケイとユカリが不思議そうな顔を向けた。


「あのさっ」


 自分で思いついたことが、とてもいいアイディアに思えて声が少し上擦った。


「今の、ポップコーン売り歩いてた人ってさ、どこのクラスの人かな」


「ん? 食べたかった? 戻ろっか?」


 ユカリが後ろを振り返って、その人を探す。


「えっとね……、ポップコーンを出してるのは三年生みたいだよ」


 すぐにマップで探してくれたケイが教えてくれる。


「三年生なんだ。私たちの部活の、文集の販売申請を今日の放課後にするんだけど、もし場所が貸してもらえなかったら、あんなふうに売るなら大丈夫そうかなって思って」


「確かに! それなら場所を必要としないもんね!」


「そうね、歩く範囲を部員で割り振ったら、それぞれで同時に販売もできるね」


「いいアイディアだね! カレン!」


「ありがとう」


 二人がこうして、応援してくれたり、背中を押してくれたり、心配や怒りも一緒になって思ってくれるのがとても嬉しい。


「何か、申請とか、あるのかな、歩いて売るの」


「聞いてみよ! 今から戻れば間に合うし!」


 そう言うとケイは、私の手を取って来た道を戻り始めた。


 楽しそうな笑い声やおしゃべりの声、何かを指示する声やステージから聞こえてくる陽気なBGMが、ガチャガチャと一緒になって私たちを包んでいる。廊下を歩く仲良しグループや、カップルや、ただそこになんとなく滞在している人も、みんなこの非日常な空気を味わって楽しそうにしていた。


「あ、あれじゃない? ……すいませーん!」


 いち早く見つけたケイが大きな声を上げる。


「はい……?」


 振り返った人は、さっきのポップコーンを売っている人ではなかった。かわいらしい衣装に合わせて、ふんわりと巻いた髪の毛をサイドで一つに結んでいる。一瞬遅れて気がついた。生徒会の鈴木メグミ先輩だった。


「あ……」


「あなた、文芸部の……。どう? 文化祭、楽しんでる?」


 柔らかく微笑んでくれたメグミ先輩は、前に会った時のイメージとは全く違っていた。


「お、覚えててくれたんですね」


「私、人の顔を覚えるのが得意なの。文芸部はブース出店してないわよね? あれは部の方針なの? あなた一生懸命準備してたのに……」


 メグミ先輩にそう言われて、思わず下を向いてしまった。


「先輩は何を売っているんですか?」


 私の背中をそっとさすりつつ、話題をそらすようにケイがメグミ先輩に話しかけた。


「買う? 一応、ベビーカステラの売り子をしてるのだけど」


「私買います!」


「はい、一つ二百円です」


 ケイがお金を払いながら、私に目配せをした。


「あの、メグミ先輩」


「あなたも買う?」


「あ、はい。あの、あと」


「なに?」


 お財布から小銭を探しながら言葉を探したけれど、見つからなくてそのまま言うことにした。


「あの、教えて欲しいんですけど。その、先輩みたいに売り歩いてるクラスとか、他にもあるみたいなんですけど、それって何か申請とか、必要ですか?」


 私がそう言ってお金を渡すと、にっこり笑ってメグミ先輩は言った。


「いいえ、特にいらないわ。あんまり強引に勧誘したり、衛生的によくないものを売ってる時なんかは、文化祭実行委員が注意してやめてもらうように言うけれど」


 それなら話せばわかってくれるんだろうか。私たち文芸部の売るものは、食べ物じゃないし、衛生的にも何の問題もない。強く勧誘して買ってもらうようなものでもなく、好きな人の手元に届けたいだけ。だったら、きっと大丈夫なはずだ。


「そうなんですね! ありがとうございます!」


「どういたしまして。みんなが楽しい文化祭になるように、私たちもいるのだから」


 そう言うとメグミ先輩はまた歩いて行ってしまった。


「やったね! カレン!」


 ケイが私と、追いついたユカリの手を取ってスキップしようとする。


「ちょっと、やめてよ」


 ユカリが迷惑そうにケイの手を振り払った。


「メグミ先輩、怖い感じの先輩かと思ってたけど、すごく良い人だったね!」


「うん。私のこと、覚えててくれたし、優しかった」


「衣装も可愛かったね!」


 急いでレン先輩にメッセージを送った。売り歩きスタイルの文芸部。まるで移動販売の本屋さんみたい。どこへでも物語を届けに来てくれる旅する本屋。


 明日への希望が見えて来た私は、ようやく文化祭の楽しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。メグミ先輩から買ったベビーカステラは、とても甘い味がした。

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