十月二十六日

『裏庭の小さな陽だまりに

小さな女の子が泣いています


わけを聞こうにもしくしく俯いて

私の話を聞いているのか、いないのか


その姿に私もなぜだか悲しい気持ちに支配されました


陽だまりは暖かく

柔らかな光に包まれているのに


次から次へと

悲しみがぶくぶくと湧いてきます


小さな女の子の肩を抱きながら

一緒にしくしく泣いてしまいました』



「カレン! おはよ!」


 教室に着くなり、ケイが元気よく声をかけて来た。朝の教室に居場所ができて、私もようやくクラスの一員になれた気がしている。


「おはよう。ケイは元気だね」


「あのさ、先週の日曜日、駅前にいなかった?」


 声をひそめて、ケイがこそこそと聞いてくる。その単語に、心臓がドキリと跳ねて、指先が冷たくなった。


「カレンっぽい姿を見かけたんだけど、ユカリに止められて声かけるのやめたんだ」


「そ、そっか」


 ぎゅっと握った手の平に、自分の爪が食い込んで痛い。ケイとユカリに見られてた。楽しかったけれど、悲しかったレン先輩とのこと。


「なんだか今週はカレンが元気なさそうで、聞くに聞けなかったの」


「言いたくなかったら無理して言わなくてもいいよ。ケイの野次馬は放っておけばいいし」


 それとなくユカリがフォローしてくれて、ありがたい。だけど散々泣いて苦しんだから、このことを誰かに言ってしまいたい気持ちでいっぱいだった。また言葉にしたら、泣いてしまうかもしれない。なのに、誰かに聞いて欲しい。


「あの、ね」


 いざ、言葉にしようと思うと上手く出てこなかった。吐き出してスッキリしたいのに形にならない気持ちだけがこみ上げる。ワクワクとした目でこちらを見ているケイと、心配そうに私を見ているユカリを交互に見つめながら、何度か深呼吸をしてみた。


「あ、あとで聞いてくれる?」


「もっちろん! 友達じゃん!」


「カレンが話したくなったら、話して」


「ほらー、席つけー」


 ちょうど大葉先生が教室に入ってきたところだった。話始めなくて良かった。きっと中途半端なところで話を中断しなくちゃいけなかった。ケイの好奇心でいっぱいの眼差しから逃れて、自分の席へと戻った。


 見慣れたタケルの背中に隠れて、またあの日のことを考える。レン先輩がユア先輩を好きだと知ってしまって、どうにもならなくなってしまった私の気持ち。何もまとまってないのに、すぐ時間が経って、二人と顔を合わせて話して。気まずいなんて言葉が表しきれないようないたたまれなさを味わった。


 でも、レン先輩のことも、もちろんユア先輩のことも嫌いになんてなれるはずもない。ただ、まだ気持ちの整理がつかない。ケイとユカリに吐き出してしまったら、何かが変わるかもしれない。


 どうしよう。机にべったりと身体を預けて、外を眺める。窓の外に見える木は、もう随分葉っぱが落ちてしまって、寂し気に見えた。


 ふと思い出して、筆箱からレン先輩に買ってもらったボールペンを取り出した。やっぱり夜空が散りばめられているデザインは綺麗。嬉しいけれど、悔しいような、悲しみと苦しさも混ざってて、やるせない気持ちになる。


 何時間も待ったのに、一瞬で過ぎてしまった流れ星。そんなことが頭をよぎった。



―――――



「いよいよ、明日が文化祭だね~」


 お昼休み、先週までの私はチャイムと共に教室を駆け出して印刷室に向かっていた。ようやく印刷作業が終わった今日は、文化祭前日。ケイたちとご飯を食べるのが久しぶりだ。


「準備の方はどう?」


 ユカリがサンドイッチを食べながら聞いてきた。


「うん、今日の放課後頑張れば終わるよ。クラスのこと、二人に任せっきりにしてごめんね」


「何言ってるの。間に合ってよかったじゃん!」


 ケイがおにぎりを頬張りながら、明るく答えてくれた。


 教室を見渡せば、あちこちにはグループができていて、みんな誰かと楽しそうにお昼ご飯を食べている。他のクラスの子もいるし、うちのクラスの子でもいない子もいるし、本当にごちゃごちゃとしている。


 なんとなく目で追いかけるのは加瀬くんたちのグループに混ざるタケルの姿。好きという気持ちとは、もう違うものなのだけれど、なんとなく癖のようになってしまっていて、自然と眺めてしまっていた。


「カレンのお弁当、すごく美味しそう」


「あ、うん。お母さんがいつも作ってくれるの」


「えー! ちょーいいな! 私なんかいつも自分でおにぎり作ってるから羨ましい~」


「自分で作る方がすごいよ」


 他愛のない話が、こんなに楽しいなんて、今まで気がつかなかった。文芸部に入ったことが、私を知らない世界に連れ出してくれたように思っていたけれど、それ以外にもこんな景色もあるなんて。


「あ、あのさ」


 授業が眠かったとか、ケイがまた先輩を追っかけてるだとかの話をしたあと、私は二人に切り出した。


「朝言ってたことなんだけど」


「待ってました!」


 ケイがカバンからお菓子を取り出して、ポリポリとつまみだした。


「ケイ、ご飯食べたばっかりじゃん」


「カレンの話聞きながら食べるの! それにお菓子は別腹」


 私もケイにチョコレートを一粒貰った。口に入れると甘くて、ゆっくりと溶けていく。少し味わいながら私は言った。


「あのね、文芸部のレン先輩と買い物に行ったの」


「それってデートじゃん!」


 勢いはついているのに、気を遣って小声で驚くケイのリアクションが面白かった。


「部長のユア先輩が文化祭の二日目、明後日がお誕生日らしくて、お誕生日プレゼント買いに行こうって言われて、選んで欲しいって言われて一緒に行ったんだけど」


「うん、それで……?」


 大きく頷くケイと、先を促してくれるユカリの相槌が心地よかった。


「寒くなって来たからっていうことで、マフラーを選んだの。それで、お礼にってレン先輩とお揃いのボールペンを買って、ご飯を食べたんだけど、その時、その時に」


 レン先輩のあのとても嬉しそうな笑顔がくっきりと浮かんで、言葉に詰まった。


「レン先輩は、ユア先輩のことが好きなんだって言われたの。そのプレゼント渡して告白するって。それで、もう、どうしていいかわからなかった」


「カレン……!」


 ケイが私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。


「なんでもっと早く言ってくれなかったの。そんなにつらい思いしてるなんて知らなかった」


 ユカリが優しく答えてくれる。


「あの日、無理にでも声かければよかった! そしたら、カレンが苦しい時、一緒にいれたのに」


 ケイがぎゅうぎゅうと私を抱きしめながら言う。


 その二人の優しさが、私の心にじんわりと染みてくる。


 思い出しただけで悲しいし、今日も話しながら目の奥が熱くなっている。だけど二人に話せたことで、何かがストンと落ちたような、スッキリとした気持ちになっていた。


「二人とも、ありがとう。話せたら、スッキリした」


「なんでそんなに部活がんばれたの? 普通行きたくないじゃんか、そんなことあったら。なのにカレンはずっと頑張ってやっててさ」


 ケイが心配半分、怒り半分といった様子でそう言った。


「それを知っても、レン先輩もユア先輩も、好きなんだ。それにレン先輩とシズカ先輩とは、今年しか一緒に文化祭出来ないから、がんばりたいって思って」


「カレンはえらいよー。えらすぎるよぉ」


 ケイが大袈裟に言ってくれて、それがちょっとだけ恥ずかしくて笑えてきた。


「カレンは頑張り屋だね。応援する。けど、しんどい時は言って。頼ってほしいよ」


 ユカリもそっと背中を撫でてくれた。


 自分の中だけで抱えていた問題が、二人のおかげで気持ちが落ち着いてほんの少し軽くなっていった。


「ありがとう。大丈夫」


 まだ、諦めることも割り切ることも、上手くできていないけれど、二人に話せて本当によかった。


 つらくなったら、二人に聞いてもらおう。その分、二人のつらいことも苦しいことも楽しいことも嬉しいことも、聞こう。私にも、そんな友達ができたことに嬉しくなって、二人に感謝してもしきれない。


「明日が、楽しみ」


 自然と前向きな言葉が、自分の口からこぼれて少しびっくりした。


 身体の底からぽこぽこと、エネルギーが湧いてくるみたいだった。

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