十月十六日 生徒会室

「文芸部部長代理で来ました。何かありましたか」


「なんで部長が来ないわけ? 前回の時もそうだし、文芸部はたるんでるんじゃないの」


 ルナ先輩が先制パンチのごとく、勢いよく言ってきた。


「申し訳ない」


 頭を下げるレン先輩の後ろで、私はできるだけ小さくなっていた。ルナ先輩の気迫に圧倒されてどうしていいかわからなくなる。


「印刷室の申請、出してもらってないんですよね。なのに今日文房具屋のおばあさんが荷物を置きに来ました」


「えっ」


 メグミ先輩の言葉に、思わず声が出てしまった。だって、ユア先輩が火曜日に取ったからって、先週言っていたのに。じゃあ、今日は一回も、ユア先輩は印刷室に行っていないってこと? シズカ先輩とレン先輩は課外で、私とタケルはクラスの準備があって、だから私が印刷しとくから後から来てねって、ユア先輩が自分で言っていたのに……?


「量が多かったので、ひとまず印刷室に置いてもらいましたが、すぐ撤去してください」


「他の、ちゃんと申請したクラスや部活でいっぱいいっぱいなんですよ。荷物だって各クラスありますし、使わない部活のものが置いてあったら邪魔になりますから」


 メグミ先輩のあとに続けてルナ先輩が言う。


 それじゃあ文集を作ることができないんだろうか。印刷ができなかったら、形にすることができない。みんな文化祭のためにテーマを考えて、物語を書いたのに。目の前が真っ暗になっていく。


「それは本当に申し訳ない。でも、印刷ができないと文集が作れないからすごく困るんだ」


「そう言われても、空いてないんです」


 どんどん悲しくなってきた。みんなで一生懸命考えて、楽しみにして、素敵な表紙もできて、当日も楽しみにしてくれる人がいるのに出来ないなんて。


「他の人が終わってからでもいいんです。放課後三十分でも」


「厳しいんじゃないですか? 他の部活とかクラスだって時間いっぱい使うだろうし」


「どうにか放課後、借りる方法はないですか」


「だから早めに申請してくださいって、説明会の時も言いましたよね? 文芸部だけじゃなく、他のクラスだって部活だって、みんな準備してきましたよ。自分たちが悪いんじゃないですか」


 ルナ先輩にぴしゃりと言われて、泣きそうになる。どうして、ユア先輩は申請しなかったんだろう。忙しくて忘れてしまったんだろうか。忙しいなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。


「すみません、昼休みに借りることはできますか?」


 考えていたレン先輩が口を開いた。


「明日からの昼休みを毎日借りることはできませんか?」


「……昼休みの申請は文化祭まで一件もないですね」


 ルナ先輩がファイルをめくりながら答えた。


「でも、たいした時間使えないですよ?」


「それでもゼロじゃないですよね。俺たちも文化祭のために準備をしてきたので、完成させたいんです」


 もう完成なんてできないと諦めていた私の心を砕くように、レン先輩の力強い言葉が耳から入ってくる。普段、みんなとあんまり話さないけれど、大切に思ってくれていたんだなと感じる言葉だ。


 そうだ、がんばって完成させなきゃいけない。だって、先輩たちの最後の文化祭なんだから。


「申請書をもらえますか。今、書いて提出します」


「おつかれー」


 背後で声がして、振り向くと中条先輩が立っていた。


「文芸部、どうしたの」


「会長、お疲れ様です。印刷室の申請が来てないのに、紙だけ大量に印刷室に届けられたので呼び出したんです」


「あー、なるほどね」


 そう言いながら、手前の椅子に座る中条先輩。


「これ、申請書です。でも、作業できても、お昼休みだと三十分くらいですよ」


 そう言いながらルナ先輩が申請書をくれた。


「来週の水曜日まで借りますね、空きは大丈夫ですよね?」


 必要事項を記入しながら、レン先輩が確認する。


「古峰も大変だなー。部長はどうしたの。前の説明会も来なかったんじゃなかった? ……まぁ忙しいと申請とか忘れちゃうもんねー」


 呑気に話す中条先輩の声が私たちの間に漂う。


「あの、ありがとうございます。お昼休みだけでも貸してくださって」


 自然と、私の口から言葉が出ていた。さっきまでは目の前が真っ暗だったけど、レン先輩の言葉にふつふつとやる気が湧いてくる。ユア先輩に頼まれているし、私も成功させたい。


 申請もさせてくれて、ほっとして、レン先輩の記入を待ちながら先輩たちにお礼を言った。


「きみ、一年生なのに大変だねー。えらいねー」


 中条先輩が言いながら、メグミ先輩からファイルを受け取って、パラパラとめくっている。


「なーんだ、今日、空いてるじゃん。古峰、今日の申請書も書いたら? 昼休みに印刷する時間よりは、今日印刷できるよ」


「本当ですか!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声が出ていた。慌てて口を押さえて、レン先輩の影に隠れる。恥ずかしすぎる。


「メグミとルナもちゃんと教えてあげないと。みんなが楽しみにしてる文化祭なんだからさ」


「すみません」


 先輩たちは悪くないのに、怒られてるみたいでちょっと可哀想だった。


「悪いな、中条」


「中条先輩、ありがとうございます。メ、メグミ先輩と、ルナ先輩もありがとうございます」


 よかった。今日も印刷作業ができる。絶対完成させなきゃ。成功させなきゃ。


「うん、申請書OKだね。時間は待ってくれないから、早く行った行った」


 送り出してくれる中条先輩と、その後ろのメグミ先輩とルナ先輩にもう一度お辞儀をすると、生徒会室を出た。


「よかったです。どうなるかと思いました」


「焦ったね」


「ユア先輩は、そんなに忙しかったんですかね。だったら言ってくれたらよかったのに」


「そうだな、ユアに任せすぎてたのかもしれないな」


「ユア先輩、みんなから頼りにされてますもんね。がんばらなきゃ」


「カレンはもうだいぶ頑張ってるよ」


「まだまだですよ。それに、今日の印刷も頑張ります」


「なるべく早く終わらせて製本しなくちゃな」


「はい」


 印刷室が借りれないと言われて、もうダメだと諦めてしまった。でもレン先輩のおかげで、まだできることはある。


 印刷室へ向かう中、レン先輩の横顔をこっそりと見つめる。今日も、レン先輩が一緒にいてくれてよかった。私一人じゃ、やっぱり何もできなかった。


 弱々しい夕暮れの茜色が、廊下をあたたかく照らしていた。

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