十月十六日 教室
『思い出していた
薄紅色の巻き上げられた空を
緊張した顔で微笑んだあなたは
季節を飛ばして夏を連れて来た
目に映るもの全てが輝いて
瑞々しく生き生きとして
じっとりと濡れていく背中も
じりじりと肌を焼く感覚も
忘れていたはずなんてないのに
思い出すのは鮮やかな些細な記憶』
ピンポンパンポーン―――。
「文芸部部長、至急生徒会室まで来てください。繰り返します。文芸部部長、至急生徒会室まで来てください」
「文芸部って、カレンの部活でしょ? なんかあったの?」
「なんだろう、私は何も聞いてないけど」
いくつもの会話の上に上書きされていく校内放送は、ユア先輩のことを呼んでいた。クラスで準備をしていた私は、ケイに聞かれるけど何もわからない。
「なんだろうねー」
元の作業に戻りながら、考える。一体何の呼び出しなんだろう。校内放送ということは急ぎの用事なんだろうけれど、きっとユア先輩にも聞こえてるはずだ。これだけ教室のあちこちで騒いでいたって聞こえるくらいだもの。
クラスの中は先週以上に活気に満ちていた。きっと来週はもっと学校中が浮足立って、はやる気持ちが抑えきれなくなるかもしれない。
シズカ先輩の素敵な表紙も出来上がって、あとは印刷と製本作業だけだった。今日は印刷日だけど、クラスの準備を少し手伝ってから合流することになっていたからユア先輩は印刷室にいるはず。
「ねえ、生徒会の先輩ってみんなカッコイイよね」
ケイがうきうきとした様子で話しかけてくる。
「二年生の根本ルナ先輩は、ちっちゃい時からダンスしてたらしくてジュニア大会とか優勝しまくってたらしいよ。今もダンス部のエースで、あの大きな目でじっと見つめられるとファンになっちゃうのもよくわかる!」
「ボブカットの先輩のこと?」
「そうそう! トレードマークのボブカット! 肩より長く伸ばしたことないって噂だよ」
大きな目でぎょろりと睨まれたことを思い出す。生徒会と部活が掛け持ちなんて、すごく大変そうだ。
「それから鈴木メグミ先輩は書道部で、去年の高校生大会で金賞獲ったんだって。キリッとした雰囲気が強い大和撫子感あってたまらないよね~」
「ふーん」
興味のなさそうなユカリをよそに、ケイはきゃっきゃと話していく。司会をやっていたあの先輩のことだろう。確かにキリッとした雰囲気がかっこいいと思う。
「何より会長の中条マサシ先輩がめちゃくちゃカッコイイ! ゆる~っとした雰囲気なのに、ビシッとメリハリつけられて、後輩からも先輩たちからも信頼されてて、まさに生徒会長って感じで憧れちゃう~」
「ケイは、よく知ってるね」
「あれだけ行事で前に出てくるんだもん、覚えるでしょ!」
「そういうもの、なのかな」
「少なくとも私とカレンは興味ないよ」
「なんでよ~。ユカリとか生徒会向いてそうだし、次の選挙戦、出てみたら?」
細かいところも気遣えて、ピシッとした雰囲気のユカリは、あの生徒会の中でもなんとなく馴染みそうな気がしてくる。
「どうかな。先輩とかと付き合うの、苦手だし。部活入ってないし」
ピンポンパンポーン―――。
「文化部部長、華谷ユア、至急生徒会室まで来てください。繰り返します。文芸部部長、華谷ユア、至急生徒会室まで来てください」
また、放送が流れた。今度はユア先輩の名指しだ。
「また呼ばれてる。何かあったのかも。カレン、連絡してみたら?」
「う、うん」
印刷室の音が大きくて聞こえないとか、もしかしたらあるのかな。ユカリに言われて、私はユア先輩にメッセージを送った。
「トラブルかな? こんなにすぐ次の放送するなんて」
「今日はこのあと部活の手伝いするって、カレン言ってたよね? 私たちでやっておくから、様子見てきたら?」
「う、うん。ありがとう。でも、私が行って解決するかな……」
悩んでいるとユア先輩からメッセージが返ってきた。
『ごめん! ちょっと買い出しで今学校にいないの。カレン、代わりに行って来てくれない?』
「先輩、なんて?」
「代わりに行ってきてって」
「じゃあ、行かなくちゃ」
「う、うん。あんまり手伝えなくて、ごめん」
「いいからいいから。気にしないで行ってきな~。生徒会の先輩たちによろしくね!」
何がよろしくなのかはわからないが、二人に送り出されて、教室を出た。教室のドアをくぐる時、視界の隅にタケルが入ったけれど、私には目もくれず楽しそうに笑っていた。タケルは、校内放送のこと、気にならないんだろうか。
渡り廊下を歩いて、生徒会室を目指す。確か三階だったような……。
「カレン」
管理棟に入ったところで、レン先輩に呼び止められた。
「あ、お疲れ様です」
「放送、聞いた?」
「はい。ユア先輩に連絡したら、買い出し行ってるとかで学校にいないみたいで、代わりに行って来てって言われたんですけど」
「俺も行く」
「あ、ありがとうございます」
課外を受けていたんだろうか。先輩は小脇に数学の教科書とファイルを抱えていた。
「呼び出しの内容って、なんなんでしょうね」
「今日、印刷って誰がやってる?」
「ユア先輩がやるって言ってたんですけど」
「……でも、学校にいないんだろ?」
「あ……」
じゃあ、文集の印刷はどうしてるんだろう。印刷の途中で出て行ってしまったのかな。それで印刷機が故障したとかだったらどうしよう。絶対に怒られる。
悪い想像ばかりが渦巻いて、怖くなって、身体が強張っていく。どうしよう。弁償しろとか言われるのかな。
「失礼します」
管理棟三階の真ん中辺りに、生徒会室はあった。レン先輩のあいさつに続いて、私も足を踏み入れる。普通の教室の半分くらいの広さの部屋は、真ん中辺りに大きなロッカーが置いてあって、教室入り口側と奥側で仕切られているような間取りになっていた。手前の狭いスペースでは、説明会で見かけた何人かが文化祭の看板を作っているようだった。私たちをちらりと見ただけで、また作業に戻っていく。とても忙しそう。
ゆっくりと奥側へと足を運んでいくと、そこには根本ルナ先輩と鈴木メグミ先輩が座っていた。
「文芸部部長代理で来ました。何かありましたか」
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