十月十五日

『とろけそうなくらい甘い金平糖

あなたがくれるのはいつもそう


小さくてかわいくて食べるのが勿体ない

早く食べなよ、と言って笑う顔が眩しくて


ピンクや白や黄色や水色

その時々でくれる甘さが違っていて

コロコロと跳ねてじんわり溶けていく


カドが取れて丸くなって消えていくのに

甘い味だけはいつまでも消えないまま残って


あなたがくれたから、こんなに美味しい

あなたがくれるから、こんなに愛おしい


手の平をくすぐっていく感触に

私の心も一緒に弾む』



「シズカ先輩、これすごく素敵ですね! 私たちからのプレゼントっていうふうにも捉えられるし、私がここにいるっていうふうにも感じられますし!」


 シズカ先輩のイラストを見て、ユア先輩が感激したように言っている。


 先週見せてくれたイラストよりも、もっと書き込んであるくっきりしたデザインの表紙が、みんなの前に配られた。手の平の質感や、指の曲げ具合なんかがハッキリしていて、かっこいい。


「かっこいいっすね! この表紙の文集を誰かが買ってくれるんですよね。どんな人が買ってくれるのかなぁ」


 タケルが文化祭の日を思い描きながら、そんなことを言う。


 白木さんは毎年買いに来てくれるって先輩たちが言っていたっけ。バイト先の人たちも来てくれるって言っていたし、今からドキドキしてしまう。


「このイラストは何色がいいかなぁ」


「赤じゃないっすか? ドーンって迫力ある感じがかっこいいと思います!」


「私は水色かなぁ。水をすくう時の手の平をイメージしながら描いたから、そう思うのかも」


「俺は緑色かな」


「わ、私は黄色のイメージです。あったかい感じと、光の印象もある色なので」


「あ、黄色、いいね!」


 みんなで意見を出し合う中、ユア先輩が私の意見に賛成してくれた。


「みんなこの手の平に何が乗っているのかイメージが違ってて、面白いね」


「黄色、いいんじゃないか。明るい印象もつくし」


「黄色も似合うよな!」


「じゃあ、黄色にしましょう!」


 すんなりと私の意見が通ってしまって、なぜだか焦る。


「あの、でも、描いたのはシズカ先輩ですし、水色もいいんじゃないですか」


「ううん。カレンちゃんがイメージしているのを、私もみんなもいいなって思ったから、いいんだよ」


 シズカ先輩が優しく言った。自分の意見が認めてもらえて嬉しくなる。デザイン案の時もそう言ってくれたシズカ先輩の優しさに、心がふわりと軽くなる。


「よし、じゃあ買いに行こうか!」


「あ、すみません。俺、クラスの準備で今日やらなきゃならないことあるんです」


「私も。そろそろ手伝わないと怒られちゃう~」


「俺は大丈夫」


「わ、私も行けます」


「じゃあ、私とカレンとレン先輩で選んでくるね。二人ともクラスの準備がんばって!」


 そうして部室を後にして、私たち三人は文房具屋さんへ文集の紙を買いに行くことになった。


 管理棟から教室棟へ戻ると、ワイワイガヤガヤと喧騒に包まれる。


「そっち持ってー!」


「イラストはこんな感じで大丈夫?」


「あれ買い忘れた! 誰か行って来て!」


 各クラスの楽し気な声を背中に受けながら廊下を抜けて昇降口へ向かうと、妙な静けさにほんの少し寂しくなる。


「カレンのクラスは何やるんだっけ?」


 準備でウキウキとした空気を吸いながら、ユア先輩に聞かれた。


「メイドカフェです」


「えー! いいなぁ。カレンもメイド服着るの?」


「いやっ、私は裏方です」


「なぁんだ、残念~。カレンのメイド服姿、可愛かっただろうなぁ」


「そ、そんなことないですって」


 ユア先輩にからかわれて恥ずかしくなる。


「ユア先輩たちのクラスは、何をやるんですか?」


「ん? うちのクラスは、ムービーを撮るんだって~。それならクラスで流しっぱなしにして、みんなが遊びに行けるからって理由で。部活に入ってる子も多いしね」


 どんなふうになるのか想像もつかないけれど、すごくかっこいい。ユア先輩はどんな役柄で出るのだろう。


「レン先輩は?」


「うちのクラスは、模型とか作ってる。展示しておけば、最後の文化祭を見て回れるからね」


 どのくらいの数を作るのだろう。手先が器用な人が多いのかな。ユカリなら得意そうだけど、私ではそんな出し物になったら足手まといになっちゃうな。


~~♪


「あ、ごめん、ちょっと電話」


 ユア先輩のスマホが鳴って、電話のために少し離れていく。


 話をしながら歩いていたら、あっという間に文房具屋さんの目の前だった。学校とは違う活気のある商店街に、レン先輩と二人、ぽつんと取り残されてしまった。


 どこからか漂う、揚げ物の匂いが小腹が空いてきた私のお腹を刺激する。


「ごめん! ちょっとクラスで用事頼まれちゃって……。レン先輩、カレンに教えてあげてもらえませんか?」


「それなら仕方ないな。わかったよ」


「ありがとうございます!」


 言うが早いか、ユア先輩は走って学校へ戻って行ってしまった。やっぱりクラスでも頼りにされてて、ユア先輩はすごい人なんだな。


「カレン、行こうか」


 ユア先輩の背中を見送っているとレン先輩に話しかけられた。


「はい」


 返事をして、レン先輩の後について自動ドアをくぐると、文房具屋特有の紙の匂いがした。


 まっすぐレジカウンターへ向かうレン先輩。


「こんにちは、文芸部の古峰です。毎年お世話になってます」


「あぁ、今年ももうそんな時期か」


 カウンターの向こうで、背の小さな丸眼鏡をかけたおばあさんが頷いている。


「今年も文集の紙をお願いします」


「今年は何枚だい?」


「いつもの紙を二千二百枚と、表紙と裏表紙は黄色で二百二十枚お願いします」


「黄色ったって色々あるんだよ。ちょっと待ってな」


 そう言っておばあさんは奥に引っ込んで行った。


「毎年、ここで紙をお願いしてるから今みたいに言えば大丈夫なんだけど、カレンには教えとくね。文集の外側の紙も、内側の文字が書いてあるページも中厚口って厚さの紙で、カラー用紙と上質紙を使うんだよ。サイズはB6ね」


「あ、はいっ」


 慌ててメモ帳にメモを取る。


「この中から好きな色を選びな」


 おばあさんが出て来て、バサリとカウンターにカラー用紙を広げた。薄いのからくっきりしたのまで、様々な黄色の紙が並んでいる。


「カレン、どの色がイメージに近い?」


「えっ……と」


 どんなイメージ。光やあたたかい印象を持ってもらいたいから、くっきりしてるのよりは薄い方の色だろう。ちょっと悩んで、薄めの柔らかい印象の黄色を指差した。


「これだね。いつ届ければいいんだい?」


「明日印刷するので、明日の放課後にお願いします」


「はいよ。明日の放課後までには届けておくよ。ところでその子は、あんたの彼女かい? 可愛いね、これからもうちの店をよろしくね」


 おばあさんに彼女と言われて、一気に心臓が早くなった。そんなこと、思ってなかったののに、そんなふうに見えるんだろうか。かぁっと顔が熱くなるのが、自分でわかる。それも恥ずかしくて、この場から消えてしまいたい。


「あんまりからかわないでくださいよ。今年もよろしくお願いしますね」


「はいはい」


 レン先輩はなんとも思ってないようだ。それはそれで、心がずきっとする。


「こんな感じで、毎年お願いしているんだよ」


 店を出ると、そうレン先輩に言われた。レン先輩の顔なんてとてもじゃないけど見れない。だからうつ向いたまま、こくこくと頷いた。


 さっきのおばあさんに言われたことが頭から離れない。レン先輩は、私のことをどう思っているんだろう。怖くて、絶対に私から聞くことはできない。


「ちょっと待ってて」


 レン先輩はそう言うと、すっとどこかへ歩いて行った。私は頭の中がいっぱいで、レン先輩の後ろ姿さえ、見つめることができなかった。どこへ行ったんだろう。誰か友達でも見かけたのかな。それなら先に帰らないと、何か言われたらどうしよう。


 それでも動けないでいると、レン先輩はすぐに戻ってきた。


「はい、おつかいお疲れ様。食べながら、学校戻ろっか」


 ゆっくりと顔を上げると、向かいの肉屋のコロッケを差し出してくれるレン先輩がいた。文房具屋さんに入る前に漂っていた、いい匂いのコロッケだ。


「あ、ありがとうございます」


「来年は、カレンが部長かもしれないしね。俺もユアも教えるから、がんばって覚えて。これは俺からのご褒美」


 レン先輩が先にコロッケにかじりつく。サクッという音が隣から聞こえてくる。


 不思議な感じだ。レン先輩と並んで学校まで歩きながら、コロッケを食べるなんて。


 私も一口かじってみる。ほくほくのじゃがいもが甘くて、じんわりお腹に染みわたっていく。嬉しいのと、恥ずかしいのと、でもやっぱり。


「美味しいです。ありがとうございます」


 心臓の音は早いままだったけど、レン先輩と並んで歩けるのはやっぱり嬉しかった。


 ずっとこうだったらいいのに。


 それが叶わないなら、一年生のままでいたいな。そんなことを考えながら、学校までの道をゆっくりと歩いた。

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