十月十四日

『緑から色を変えた木の葉を風が巻き上げる

赤、黄色、茶色、まだ緑が残っている葉っぱ

カサカサと音を立てて寄り集まっては散っていく


モザイクタイルの壁画のように

何か意味を成す姿になるんじゃないかと目を凝らす

目まぐるしく入れ替わる色の渦に 軽く眩暈を覚える


ガサガサと落ち着くところに吹き溜まる

もう飛べなくなった色の塊

捨てられるか 燃やされるか 自分では選べない末路


あんなに美しいと褒めそやされていたはずなのに

落ちてしまえばゴミと一緒

何が待ち受けているか その身を震わせて待つばかり』



「あの、小熊店長……?」


「ふぁい?」


 資料が山積みの事務机から顔を出した店長は、口から焼きそばを垂らしていた。事務所内にはカップ焼きそばのソースの匂いが立ち込めている。おかしくて笑ってしまう。


「あの、お休みの件なんですけど、今、大丈夫ですか?」


「あ、ああ、うん。ちょっと、ごめん、食べちゃうからちょっと待って」


 すっと顔が引っ込んで、勢いよく焼きそばをすする音がした。朝ごはんなのかな。まだ朝の九時なのに。そんなに朝の時間がなかったのかな。


「うん、いいよ。ごめんね、ちょっと焼きそば臭するけど」


 店長の顔がまたひょっこり覗いて言った。


「朝ご飯、ですか?」


「うん、まあそんなところ」


 トクホのマークが入ったコーラを飲んでいる店長の隣に座った。


「それで、どう? 文化祭の準備」


「はい、クラスと部活の準備があって、毎日楽しいです」


「それはいいことだね。最近元気がないように見えたから、ちょっと心配してたんだ」


「そう……ですか?」


 店長には、私のことがどんなふうに見えているんだろう。心配をかけてしまっていたのかな。迷惑じゃなかっただろうか。


「出し物は何をやるの?」


「あ、はい。クラスの方は、教室でカフェをやります。部活では、毎年文集を売っているみたいで、それです」


「諸星さんも去年忙しそうにしてたなぁ」


「カフェってメイドカフェ? 由良ちゃんが運んでくれるの?」


 おはようございますと言いながら、宇留野さんが会話に加わってきた。なんだか楽しそうにしている。


「メイドカフェ、ですけど、私は裏方です。ジュース注いだり、お菓子をお皿に盛り付けたり」


「なぁんだ、残念! 由良ちゃんがメイド服着てくれるのかと思ってたのに」


「いやっ、無理、無理ですよ」


「年取ったらそんな可愛い服着れなくなるんだから、今のうちに着といた方がいいのよ!」


 勢いよく挨拶をして会話に加わったのは、中川さんだった。


「由良さんがメイド服着たら、とっても可愛いと思うわ」


 後から羽鳥さんも入って来て、そんなことを言う。


 狭い事務室が一気にぎゅうぎゅうになる。店長の机を囲んで、懐かしそうな顔で私に話しかけてくれる。


「や、でも、今年はそう決まっちゃったんで」


「いい? 来年は絶対に表に出るのよ? 後で後悔しないようにしなくちゃ!」


 中川さんに言われると、何故だか説得力がある。みんなのお母さん的な存在で、店長が中川さんに怒られているのを見ると、なおさらそう思う。


「文集って、由良ちゃんも書いたの?」


「あ、はい。今年は『わたし』っていうテーマで、部員みんなそれぞれのお話を書いたのを売ります」


「そうなのね! 買いに行かなくちゃ!」


「由良さんが書いたもの、私も読んでみたいわ」


「店長、その日は店を休みにしましょう」


「そうよ、みんなで由良さんの学校の文化祭に遊びに行きましょう!」


「ちょ、ちょっと、いや、僕も行きたいけど高校生の文化祭」


「なんかその言い方、ちょっと犯罪っぽくないです?」


「女子高生を狙ってるオトナの発言ね」


「店長……」


「ご、誤解だよ!」


 宇留野さん、中川さん、羽鳥さんが代わる代わる店長をからかっていく。開店前や閉店後でよく見る、いつもの光景だった。その輪の中に私も入れて、嬉しいし楽しい。


「ま、まあ、せっかくだから休みにしようか。時々はそういうことも、大事だよね」


「店長、さすがっす!」


「よっ、太っ腹!」


「でも朝からカップ焼きそばは身体に悪いですよ?」


「こ、これはちょっとおなかがすいただけっていうか」


「由良さん、みんなで行くからね」


「文集も買いますよ」


「楽しみだなー」


 みんながニコニコと私を見ている。まさか本当にみんなが来てくれるって言ってくれるとは思わなくてびっくりした。楽しんでもらえるかな。自分の物語を読まれるのは恥ずかしいけど、嬉しくてもっと準備を頑張ろうって思えた。


「あの、それで、準備があるので十一月くらいまでお休みいただきたいんですけど、……大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ」


「大丈夫に決まってるじゃない! バイトなんていつでもできるけど、学生生活は三年間しかないんだから!」


「由良さん、心配しないで目一杯楽しんでくださいね」


「……僕が店長なはずなんだけどなぁ」


 あははと笑いながら、みんな開店準備のためにその場を離れた。


 シズカ先輩に誘われて入ったバイトだけど、いい人たちばっかりだなぁと再確認した。部活の先輩たちとは違ったあったかさがあって、なんだか家族みたいだ。初めてのバイト先が、素敵な場所で良かった。


「カレン、ちょっと」


 売り場に出ようとした時、宇留野さんからそっと声をかけられた。


「今日のバイトと、文化祭の準備、がんばれ。文化祭は見に行くから」


 そう言って、棒つきキャンディーを数本くれた。ピンクや黄色の包み紙がポップで可愛らしい。ふっと、また宇留野さんに名前で呼ばれたことに気づく。


「楽しみにしてるね」


 私の頭を優しく撫でると、宇留野さんは行ってしまった。


 心臓が少しドキドキとしている。時々『由良ちゃん』じゃなくて『カレン』と呼ばれるのには、何か意味があるのだろうか。甘いものをくれるのも、どうしてなんだろう。


 恥ずかしいような、嬉しいような、あったかいような、くすぐったいような。もっと違う言葉なのに、当てはまる言葉が見つからない。


「由良さーん!」


 手の中にある飴を見つめていたけれど、売り場から中川さんが私を呼ぶ声で我に返った。


 飴をエプロンのポケットに入れて、売り場に向かう。


 また一つ、文化祭が楽しみで、頑張りたくなる理由ができた。

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