十月十二日
『ずっと待っていました
誰か 何か 時か を 待っていました
目の前に現れてくれるのを
私の前に姿が見えるのを 待っていました
そこは暗闇でも 光の中ではありません
居心地はいいのか悪いのかもわかりません
待っていることが全てなので他の景色を知りません
どんな色 匂い 風景 明るさがあるかなんて知りません
今でもずっと待っています
私をここから連れ出してくれるモノが正義だと信じて疑いません
ずっと待っています
ずっと、ずっと』
『カレンちゃん、時間あるならちょっと部室来てくれるかな?』
ユカリとケイの二人と、コースターを装飾している時にメッセージが入ってきた。差出人はシズカ先輩だ。どんな用事かと考えを巡らせてみても、思い当たる節はなかった。
「ね、ごめん。ちょっと部活の先輩から連絡あって、今抜けても大丈夫?」
「カレンは部活もあったもんね、大丈夫だよ!」
「クラスの方と部活とで二つは大変よね。頑張って」
快く送り出してくれた二人に感謝しながら、カバンを持ってそっと教室を出た。
廊下には、各クラスから漏れ出てくる賑やかな声が響いている。教室だけでは作業しきれず、廊下に設置されているロッカーの上も作業台にして準備を進めているクラスもある。初めての文化祭に目を輝かせている生徒ばかりで、その熱気が学校中を包んでいる気がする。
細かな砂を太陽に透かして見たみたいなキラキラな廊下を抜け出し、私は部室に向かった。渡り廊下を管理棟へと歩くごとに喧騒はどんどん遠ざかって、今度は静かな熱気が満ちてくる。
文化部が部室として使用している教室の多い管理棟では、各部活の準備が静かに行われている。どの部活がどんなことをするのかまではわからないけれど、普段の放課後とは違った空気が流れているのを感じる。
管理棟には生徒会室もあるし、きっとあの文化祭実行委員の人たちと毎日準備しているんだろう。時々バタバタと駆けていく先輩たちをぼんやり見つめながら、そんなことを考える。
文芸部の部室のある四階は静かだった。とは言っても吹奏楽部の練習する音色は聞こえているので、音はしているのだけど。
浮ついてウキウキとした学校の雰囲気から切り離されたような気になる。
少し緊張しながら、部室のドアを開けた。
「お疲れ様です」
部室にはシズカ先輩と、レン先輩が机に座っていた。
「待ってたよ~。クラスの方も忙しいだろうに、ありがとうね」
「大丈夫です」
そう言いながら机の上を見ると、そこには三枚のイラストが並んでいた。
「これね、今年の文集の表紙のデザイン案を考えてみたんだけど、どうかなって思って。カレンちゃんの意見も聞きたいの」
「私の意見なんか、参考になりますか……」
絵のセンスが全くない私は、シズカ先輩の言葉に緊張した。
「今年のテーマはカレンちゃんのアイディアなんだし、カレンちゃんが良いと思うものが正解かなって、私は思うの」
シズカ先輩は私のことをまっすぐ見て言った。
「それに、来年か再来年か、カレンちゃんがイラスト描くこともあるかもしれないから参考になればいいなって思って~」
くりくりとパーマのかかった髪が、シズカ先輩の頬で楽し気に揺れている。ニコニコと屈託なく笑うシズカ先輩が可愛らしいなと思った。
「見るだけでもいいから、見てみて」
そう言って、イラストを私に見えやすいように置き直した。
一枚目のイラストは、ワンピースを着た女の子がふわりと浮かび上がっているようなデザインだ。ワンピースのひらひらが、宙に浮いているか、上側に向かっているような印象を与えている。肩くらいのストレートの髪の毛もふんわりとした躍動感があって、横顔の女の子がとても綺麗だった。
二枚目のイラストは、両の手の平が描かれている。水をすくうように丸められた手や指の質感がリアルに再現されていた。誰かが差し出してくれている手の平を斜めから覗き見ている感じで、手の平の上には何も描かれていないけれど何か、メッセージが込められているような気がする。
三枚目のイラストは、力強い眼差しの左目が描かれていた。左目だとわかるように、鼻や頬、耳や髪も描かれているけれど、とても大きく目立つように配置されている左目は手に取った私を貫くような力があった。正面から、真っすぐに見つめてくるそのエネルギーに、少し怖くなった。
「どれも、素敵な絵ですね」
順番にゆっくり見つめながらシズカ先輩に言った。
「ありがとう。今年のテーマは『わたし』でしょ? 私なりに『わたし』を描いてみたんだけど、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「カレンは、どれが一番いいと思う?」
ずっと黙って会話を聞いていたレン先輩が口を開いた。
「あの、全部、いいなって思います」
「私もそうなの~。でもそれだと決められないから困ってるの」
クスクスと笑いながらシズカ先輩が言った。
「これが文集の表紙だと思って、手に取った印象で、一番カレンが手に取りやすいのはどれだろう?」
レン先輩が優しく促していく。
そう言われて、改めてイラストに視線を移した。受け取った時に、どんな気持ちになるか。買った人にどんな気持ちになってもらいたいだろう。考えたことがなかったけれど、私は小熊書店の店内を思い出していた。ずらりと並んだ本棚から、タイトル、作者、表紙のデザインで手に取る時のワクワク。
「私だったら、この、二枚目の手の平のイラストがいいです。私たちが書いた物語が、誰かに『わたし』としてあげるっていう、それを優しい感じで受け取れるので」
「確かに、優しいカレンらしいね」
レン先輩がさらりと言って、二枚目のイラストを私の視界から抜き取る。
「そうだよね~。三枚目とかも好きなんだけど、ちょっと強すぎるかなって思ってたんだ~」
シズカ先輩がそう言いながら、残りのイラストを重ねて手元に戻した。
「私とレン君も、二枚目かなぁって思ってたの。カレンちゃんもそれがいいってことだし、このイラストに決めるね! ありがとう」
「や、私は、別に……」
「自信持っていいのよ。ここにいるのは一緒に物語を紡ぐ、仲間じゃない」
シズカ先輩にそう言われて、くすぐったい気持ちになった。私を認めてくれる先輩たちの温かさがじんわりと心に染みてくる。
「カレンも仲間だし、可愛い後輩だ。自信、持って」
レン先輩に微笑みながら言われて、今度は心臓が爆発しそうになってしまった。
文化祭の準備が、ずっと終わらなければいいのに。
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