六月三日
「えええぇぇ!?」
ユア先輩とシズカ先輩がとても驚いて声を上げる。私は恥ずかしいやら、照れ臭いやら、反面とても嬉しいの気持ちを表現する方法が分からなくて、顔だけが熱くなる。
今日は日曜日。駅前にあるチェーンのハンバーガーショップに、ユア先輩とシズカ先輩と来ている。バイト終わりでおなかはぺこぺこだったけど、先輩たちを目の前にするとなんだか緊張してしまった。
窓際一番奥のボックス席。目の前にユア先輩とシズカ先輩がいるこの光景が信じられない。ポテトをもそもそと口に運びながら、先輩たちを交互に見た。
私服のユア先輩を見るのは初めてだった。先週、ユア先輩と村上タケルが勝負していた「どっちが先に私と遊ぶか対決」は、ユア先輩の勝ちだったな、なんてことを思った。
先輩たちを前にしていることも緊張している理由だけれど、もちろんそれだけじゃない。金曜日に村上タケルに告白されたことを思いきって打ち明けたのだ。一人で抱えていて、どうしていいか分からなくなってしまったのだ。
「タケルに告白されたの、いつ!」
ユア先輩が食い気味に聞いてくる。
「一昨日の金曜日です。遠回りして帰ろうって、言って、それで、その」
あの時のことは何度思い返しても恥ずかしくて、でも大切にしたいような、それでいて誰かに話してしまいたい出来事として、私に焼き付いている。村上タケルの顔も、私の足元に咲いていた小さな白い花も、堤防の土手の草むらを撫でていった風の匂いも。
「タケル、やるじゃん」
ユア先輩が感心したように、腕組みをしてうんうんと頷いている。ユア先輩は村上タケルと仲が良い。何か聞いていたのだろうか。
「そう言えば、カレンちゃんを文芸部に誘おうって言ったの、タケルくんだったね」
シズカ先輩が思い出したように呟く。
初耳だった。でも、考えてみれば四月のあの放課後、村上タケルは私のノートを見ていた。なんにも書いていないノートだったけれど、それでもその後のこともあるし、きっと気がついていたんだろう。
「あの、私、どうしたらいいですか」
村上タケルに告白されてからずっと一人で考えていた。こんな時に相談できる友達なんて、私にはいなかったから。でも、一人で考えても考えても答えが出ない。誰かに答えを出してもらいたかった。ふつう、他の人はどうやって答えを出すのだろう。
男の子に好きだなんて言ってもらったのは初めてのことだった。嘘なんじゃないかとか、夢なんじゃないかとか、そう疑ってみても、どうしても嬉しい気持ちで舞い上がってしまう。
何も変わっていないのに、たったそれだけのことで、ただただウキウキして世界がきらめいて見える。頭の中で想像してきた何十倍も何百倍も嬉しくて、楽しい気持ちでいっぱいになってしまった。
私が今まで書いてきた世界のお話は、やっぱりお話だったと強く思わされた。現実の、なんて強烈で鮮明なことだろう。新しい詩を書こうと思っても、村上タケルのことが頭をよぎって手につかなくなる。
「カレンは、どう思ってるの?」
ユア先輩がこちらに身を乗り出して、聞いてくる。
「どう、ですか」
「タケルのこと、どう思ってる?」
「村上くんのこと」
村上タケルの名前を言って、それだけで恥ずかしくなってしまった。顔が熱くて、あわててオレンジジュースを飲む。氷が溶けたオレンジジュースはかなり薄まっていて、オレンジ風味の飲み物だった。
「優しいですし、気にかけてくれますし、おしゃべりも、たくさんできますし」
「うんうん、それで~?」
シズカ先輩が相槌を打つ。
「男の子とこんなに仲良くなったの、初めてなんです」
自分の今までを思い返してみる。友達と遊んだ記憶よりも、文字を書いていたり、絵を書いていたり、本を読んでいたり、一人でいたことの方がすぐに思い当たる。友達と遊んでいる記憶だって、どの顔も女の子ばかりだ。
運動は苦手だし、騒がしいのも得意じゃない。つまんないことで大騒ぎできる男の子たちの輪になんて、私は馴染めなかった。
だから、村上タケルは男の子でできた初めての友達だった。文芸部という共通の話題があって、お話を書くということをよくわかってくれて、新しい発見の連続で。
「タケルのこと、好き?」
ユア先輩に聞かれて、ドキリとした。
私は村上タケルが好きなんだろうか。それが自分でも分からない。
「好き」ということを考えると、レン先輩の顔が浮かんでくる。レン先輩のことを考えると、ドキドキやときめきや心がぎゅっとなる気持ちが強くなる。
もっと知りたいとか、もっと仲良くなりたいとか、どんな表情をするのかなとか、そんなことが気になって苦しくなるくせに、いざ近くにいると緊張で顔なんて見れない。
村上タケルに対する気持ちは、レン先輩に抱く感情や感覚とはちょっと違っている。
もっと、近い存在のような。
「村上くんが笑ってると、私もつられて笑っちゃいます。一緒にいて、楽しいですし」
「それを好きって言うんじゃないかな~」
食べ終わったバーガーの包み紙を丁寧に折りたたみながら、シズカ先輩が言った。
『カレンのことが好きだ』
村上タケルの言葉がフラッシュバックしてくる。好きと言われた、たったそれだけの言葉に、私の中に大きなざわめきが沸き起こる。
誰かに好きと言われたことのない私を、村上タケルは好きになった。それってすごいことだと思う。こんな私が、誰かに好きと言ってもらえるなんて、夢にも思ってなかった。
「好きって、言ってもらえて、すごく、嬉しいんです」
ストローをがしがしと噛みながら呟いた。落ち着かない。
「好き」なんてよく目にする言葉だし、私も詩の中でたくさん使って来た。女の子同士で使う好きと、食べ物の好き、可愛い物に対する好き、男の子から言われる好きは何が違うのだろう。
原因も理由も分からないのに、その二文字を村上タケルに言われたことを考えると、頭の中が甘く溶けていく感じがする。金平糖や生クリーム、砂糖漬けのフルーツでも勝てないくらいの、甘い味がいっぱいに広がっていく。
「明日、学校で、どんな顔して会ったらいいですか」
明日のことを考えると途方に暮れる。告白される前と、された後では、もう同じように話したり、笑い合ったり、できない気がする。どうしても考えてしまうし、恥ずかしさが勝って、上手く話せないかもしれない。
「いつも通りにしてればいいのよ」
ユア先輩が言う。
「タケルだってぎくしゃくするのは不本意でしょう。カレンと一緒にいて楽しいとか、嬉しい気持ちがあるから、告白したんだろうし。その気持ちに応えるかどうかは、カレンが決めることだよ。私たちはどうなっても応援するし、二人の味方。だけど、決めるのはカレンがきちんと悩んで決めなくちゃいけないよ」
私のことをまっすぐに見て、真剣な表情で言うユア先輩。
自分の気持ち。
それが分かれば、こんなに苦労していない。そう思うものの、味方でいてくれるというユア先輩の言葉と、「好き」からくる甘さで、現実味がまるでなかった。
ふわふわと漂う、綿あめよりも甘くて軽くてかわいいもの。
頭の中の脳みそが全部、そんな綿あめに変わってしまったように思えた。
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