第4話 恋

「大変大変!大、ニュースよ!」

 ふせんは大声をあげながらみんなに声をかける。

 今は主も授業と授業の間の休憩の時間だ。その時間は僕らも雑談タイム。仕事中もしゃべっている者もいるけれど、僕は業務連絡以外はあまりしゃべらない。仕事に集中しないといけないからな。

「もー!シャーペンも聞、い、て!ゆずちゃんに関わる大事件なんだから!!」

「大事件!!主様に何かあったのか?!」

 主を「ゆずちゃん」と呼ぶところは、注意したいところだが、大事件に食いつかずにはいられなかった。

「ゆずちゃんに、春がやってきたのよ!」

「春はもうすぎようとしているが……」

「ちがっーう!!恋の始まりよ!!」

 恋???!!!こ、い……???


 僕がぽかーんとしている間にも、ふせんはいろんな者に鯉、濃いと話しかけていた。間違った、変、……じゃなくて恋だ。

 恋、とは??

「なぁ消しゴム、恋ってなんだ?」

「はぁー〜……。恋……?恋、か……。僕にはほど遠いもの……。はぁー〜……」

 消しゴムと少しは分かりあえたと思ったが……。この前のことで消しゴムも自信がついたとも思ったのにな。やっぱりこの調子だ。ほかの者に聞いてみよう。

 よくきゃっきゃっと話しているはさみとマスキングテープたちも、ふせんの情報でいつもに増して盛り上がっている。話しかけようとも思ったが、入る隙がない。

 こういうときは、物知りの電子辞書に聞こう。都合いいことに、彼は今起きていた。

「年寄りは、すぐ疲れるからのぉ。眠いんじゃ」

 などと言って、すぐ寝てしまうのだ。主が起こせばすぐ起きるからいいのだけど。

「なぁ電子辞書、恋ってなんだ?」

「特定の異性を強く慕うこと。切なくなるほど好きになること。また、その気持ち」

 機械的な女性の声で答えが返ってきた。切なくなるほど、好きに……。

「柚さんも恋かぁ。応援せんとのぉ、まぁ何ができるかはわからんが」

 いつもの電子辞書だ。なんだかほっとする。

「電子辞書が仕えている間、主様は恋というやつをしたことはなかったのか?」

 電子辞書はその古めかしい容姿から、長く仕えてきていると勝手に思っている。

「私が柚様のもとに来たのは、ほとんどの方と同じ、2ヶ月と17日前。柚様が高校入学とほぼ同時期です。私は柚様の父上のお下がりため、このように黄ばんでいたり傷がついていたりするのです」

 おぅ……いきなり変わるのだな……。また先ほどと同じ、機械的な女性の声で答えた。

「おぉ……すまぬな。年寄りはどうにもな、どこかしらが悪くてのぉ」

 いつもの声だ。よかった。

 電子辞書も主に仕えてきた時間は僕と変わらないとは、新発見である。

「柚さんのお父さんの話はできるがのぉ。聞いていくかね?」

 主様のお父様?!って、違う違う。気にはなるが、今は主様の恋の方が優先だ。

「また今度頼むよ」

「あぁ、了解じゃ」

 さて、恋についてわかったところで、話の詳細をふせんに聞かねば……。彼女は噂好きで、何かあれば「ニュースだよ〜〜!!」っとみんなにふれ回っている。

 ぐるりと見渡す。あ、いたいた。

「ふせ……」

「キーンコーンカーンコーン」

 どうやら仕事の時間だ。また後にするか。

 

 それにしても、主様の恋の相手は誰だろう……?主様に見合う人なのか……?……いかんいかん、仕事に集中……と言いたいところだが、みんなもさっきの話でそわそわしているのか、集中できない。

 うーむ、主様とよく話しているのは……、「りさ」様?あ、女の人同士は、そういうのではなかったんだっけ……?うーん……。そういえば僕、主様のこと以外あまり見ていないな。わからん訳だ。って、

「あっ」

「うぇぁーーー〜〜〜?!?!?!」

 主様の声と共に、僕はいきなり床に向かってダイブしていた。なんて説明しているうちに、振動がブルブルブルっと全体に響く。痛くはないのだが、この振動はあまり好きではない。

 主様は……?って、頭がカクンカクンしている。主様〜〜、床、冷たいです。

 周りでもよく見かける光景ではあるのだが、たいていは落ちた音で目を覚まして拾ってもらっているのだが。主はそれでも起きないようである。そういう抜けてるところも好きなのだが。

 なんておもっていたら、主とは違う感触の手。固くて大きな手だ。主様の柔い手の方が好きだな。

 とりあえず助けてもらったのだし、顔くらい覚えておくか。と顔をのぞき込む。といっても、主以外の人の顔の区別は僕にはできないため、覚えるのは難しそうだ。とりあえず恩人さんと呼ぶことにしよう。

 恩人さんは、僕を机の上に救出して、少しほほえみながらまた前を向いていた。

 僕は主の目覚めを待ちながら、主の恋の相手をまた考えていた。

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