第2話

 僕にはどーにも好きになれないやつがいる。

「はぁー〜。……はぁー〜」

 ひっきりなしにため息をついては、

「はぁー〜、僕なんて……」

 なんて言って、筆箱の隅で引きこもってるやつだ。いや、彼いわく、

「引きこもりたいのに引きこもれない……。主さんはどうして僕をよく使うんだ……」

 引きこれない引きこもり、らしい。

 なんて幸せなやつだ。仕事があるのは幸せなことなのだ。それを憂えるなんて。

 しかも彼は、僕が働いて書いた文字を消すのだ。まぁ、それも主の意志なら、仕方のないことだが。それでも僕は、彼のことを好きになれない。シャーペンと消しゴムは、相入れないのだ、きっと。

 

 今は「せかいし」の授業だ。主いわく、「せかいし」の授業はとても眠いらしい。定年間近のおじいちゃんが担当しているのだが、僕らが聞いていても、どーにもこの人の喋りは眠くなる。周りを見渡しても、たくさんの主のクラスメイトが寝ている。

 授業もあと10分のところだった。

 僕を掴む手が緩む。主の顔を見ると、まぶたが今にも閉じそうなのを、なんとか開けようとしていた。

 しかし、主は真面目だ。その中でも必死にメモを取ろうと、僕を動かしていた。やはり主は素敵な方だ。

 けど、……主よ、今は何を書いているのだ?よくわからないぐにゃぐにゃの線が出来上がってくる。僕は、まるでまだ初心者でド下手なダンサーのような踊りをしながら、その線を描いていた。

 ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら

 ピタッと止まった。僕は主の手をすり抜け、倒れ込む。視線の先には、消しゴムがいた。

「あははっ」

「ふふっ」

 二人はお互い顔を見合って笑った。


「キーンコーンカーンコーン」

 パチリと主の目が開いた。

 パチクリ。

 主はきょとんとした表情をしていた。自分が今までどうしていたのかわからない、という感じだ。

「主様はやはりかわいい」

 言葉が漏れる。しかし、それほどかわいらしいのだ、うちの主は。寝顔ももちろんのことだったが。

「はぁー〜.........シャーペンそれきもいよ、多分。はぁー〜.........」

 消しゴムは冷ややかな目でこちらを見ていた。

「えっ、まじで?」

「はぁー〜……。ホントだよ。ハサミの前とかでは言わない方がいいよ。はぁー〜……」 

「うっ、わかった」

 ハサミは……、まぁどこかで紹介する日も来るだろう。

「はぁ〜〜、終わったぁ」

 主はそう言って背を伸ばした。

「柚、おはよ」

「え、見てたの?うう……。でも、里紗だって寝てたんじゃないの?」

「ま、そうだけどね。……って、柚、その線どしたの?」

 二人の視線が、僕のあのダンスが描いた線に向けられる。

「あははっ、もー眠かったんだろうな」

 主は消しゴムを取ってその線を消し始めた。

 僕らはまた目が合い、もう一度笑い合った。


 消しゴムとは相入れないというのは、違ったみたいだ。

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