日常の中で。

夏野 鈴

第1話

 今日も、僕は君のために働く。君の手に包まれて。


『仁科 柚』


 僕の主は、今日も自分の名前を僕を使って書く。今日も僕は、君の日常の中で小さく生きている。


 今日の主は、なんだか表情が固い。こういう日がたまにある。主やそのその友人たちの会話を聞く限り、これは「しょうてすと」というらしい。「しょうてすと」で良い点を取らなければ、「ついし」というものが待っているそうだ。もう一度その「しょうてすと」を受けることになるそうだ。

 主やその友人たちは、「ついし」を嫌がっていたが、僕にとっては、使われる時間が増えるなら嬉しいことだ。

 今はどうやら「えいご」というものの「しょうてすと」らしい。違う国の言語の勉強みたいだが、主はこれがとても苦手なのだ。いつも「えいご」の「しょうてすと」では、僕はあまり働かない。

「はぁ……」

 主は小さくため息をつく。こんなに近くにいる僕でなくては聞こえないくらい小さく。

 僕しか知らないため息。少し嬉しくなる。

 主はコトリと僕を机の上に置いた。まだあまり僕は働いていない。主は僕を握っていた手を頭に持っていった。悩んでいるのか、主は頭をくしゃくしゃと描き撫でていた。

 こういう時、何て言うのが良いか、僕は知ってる。

「がんばれ、主様」

 「えいご」で言うと、「ふぁいと」らしい。主は「えいご」で何て言うのだろう。そんなことを考えながら、僕は憂いを帯びた顔の主を見つめていた。

 と、不意に主は僕を拾い上げた。ハッと何かに気づいた表情をした主は、空欄を埋めていった。

 「しょうてすと」を終えた主は嬉しそうな顔で、僕を机の上に置いた。


「ねぇ小テストどうだった?」

 主の友人の一人ーーえっと……確か「りさ」という名前だーーが、主に声をかけた。

「ふっふっふっ、実は自信あり」

 主は芝居がかった笑い声を出して、ピースサインを掲げた。

「まじかぁ、私絶対追試だよ〜〜。いつも柚が追試仲間なのに」

「里紗はもう常連だよね」

「いやそう言う柚も常連だからね」

「そりゃそうか」

「大体、まだ私ら一年なのに、何で毎週何個も小テストがあるのよ」

「一応進学校だしね、ここ」

「はぁ〜〜」

 どうやら「ついし」はないようだ。仕事は減ったが、悲しくはない。だって主はとても嬉しそう。主が嬉しいなら、僕も嬉しいのだ。


「ありがとうございました」

 今日の授業はこれで終了のようだ。でも、僕の仕事はまだまだだ。今日は部活は無いようだが、家での仕事がある。

 今しばらくは、筆箱の中で休憩。主のために働くのには、休憩の時間も必要だ。

 主は僕を摘み上げ、筆箱の中に入れた。しばらくしてシャッという音とともに、暗闇になる。

 夜しっかり働くため、今はゆっくり、僕は眠る。

「今日も学校お疲れ、主様」

 そう思いながら。

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