第三章 北方大遠征

大遠征(だいえんせい)

 季節は冬。沼地も凍りついて、怪獣イモートは食料を腹に詰めて、半分冬眠に入っていた。

 そんな季節だ。

「なにも攻め落とそうってわけじゃあない。

 君の生まれ故郷こきょうだからな」

 アザトはイェードに対し気軽にそう言ってみせた。

「無駄な戦闘は避けるように全軍に通達するなら、私は貴方についていきます」

「ああ、約束しよう。少なくとも、人とはな」

 アザトは笑っていた。

 余裕を作るアザトだが、イェードはいさめるように口を開く。

「イェルダントなどは群れで行動する場合があり、また極寒といわれるほどの寒さ。

 下手な集団で動けば、多数の死者が出ることでしょう」

最精鋭さいせいえいを連れて行く。

 ほぼ軍人のみの編成で、軍人に関してはイェード、君に選抜を任せる。一〇〇〇人を配下の者から選んでくれ。巨弓も一〇〇基ほど。最終的には、君の経験を頼りたい」

おおせのままに」

 そして盛大な出発式の後、賢王アザトとイェード将軍たちの軍勢は、冬季の遠征を開始した。

 今の時代は動物には遊びで乗る程度。

 畜産物か愛玩動物以外で動物に乗るなどはない時代で、今回の遠征も徒歩だった。

 頑丈な袋を用意して、その中にある程度の水や食料を備蓄した。

 イェードは火を起こせる魔法持ちをかなりの数連れて行っている。それだけ北方地帯の寒さに警戒したわけだし、熱さえあれば凍土の水を溶かして飲める。人間の大きな強みだ。

「できれば北ではなく、海を渡ってみたかったが。

 無事に帰還すれば、頑張ってみるか」

 イェードは独り言を言った。彼が独り言を言うのは珍しい。それだけに本音が出たのだろう。

 干し肉の塩分を噛み締め、はるか海の先を思う。

 世界の果てはどこにあるのかわからない。突き進めば、いつの間にか元の場所に戻ってしまうのかもしれない、などと馬鹿げた妄想をすることがある。

 イェードはいつか、アザトよろしく石版に文字を刻んで、あるかないかの話を書き記そうかと思っている。

 よほど長生きできたらの話になるが、密かな余生への楽しみにしていた。

 遠征隊えんせいたいは沼地を大きく迂回して、北の山々を上ることとなった。

 イェードたちが知る限り、もっともゆたかそうで傾斜のゆるやかな山の一つを選んで歩を進める。

 アザト国王の周囲には何重にも兵士が警護についているが、どれだけやっても万全とは言えない。

 魔力結界によって音を消し、その白い毛並みから雪山に紛れ込んだイェルダントがいつでも襲ってくるかもしれない。

 この地では、まだ我々は狩られる側だという認識をすべきだろうと、イェードはそう思った。

 実際、北方ではゼロ国の開発によって住処すみかを追われた猛獣もうじゅうが多数逃げ込んでいた。

 ゼロ国の自業自得というわけではないのだが、敵対種は多いはずだ。

 まともな集落と出会うまで、丸一月か二月以上かかる旅だ。苦難は多くあるだろう。

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