真剣勝負⑥

『再び熊埜御堂選手へと手番が移りました! 先ほどは壁に阻まれてしまいましたが、その誤差を今度は修正できるのでしょうか!』


 これまでのプレーから見て、熊埜御堂が精度を悪くするとは考えられない。

 タイミングを合わせることができるかどうか、そこが熊埜御堂にとって鬼門となるだろう。

 だけどあの様子、先程までは常に自然体のようでいたのに、今は背中からでも感じられるほどに集中している。

 まるで大会決勝後半ロスタイム同点の場面で蹴るフリーキックのようだ。

 ミニゲームでしていい集中力じゃないだろ。


『熊埜御堂選手の2回目の挑戦です!』


 壁が折り返して少し進んだタイミングで熊埜御堂が動き出す。

 先程よりも助走が速い。

 蹴ったボールの軌道はさっきと同じように巻くような軌道だった。だが、そのスピードは段違いだ。ほとんど全力で蹴らなければこの威力にはならない。

 そしてそれでもボールは的へと綺麗に向かっていく。

 壁の穴が的とピッタリ重なった瞬間、ボールは穴を音もなくすり抜けて、派手な音をあげながら的を打ち抜いた。

 大きな歓声が上がる。

 これで俺は追い込まれたってわけだ。


『当てたあああああああ!! 2球目、なんと2球目にして見事的に当ててみせました熊埜御堂選手!!』


『おおー。今度はしっかりとタイミングを調整してきましたねぇ。それにしてもあの威力ですよ、普通ならコントロールシュートを狙うはずなのに、あの威力であそこまでコントロールできるものなんですかね』


『これが高校1年生ですよ上尾さん』


『将来が有望なだけに反面嫉妬しちゃいますね。ははは』


 戻ってくる熊埜御堂と目が合った。

 明らかなドヤ顔。

 したり顔上手いなこいつ。


『続く高坂選手、これはかなりプレッシャーが掛けられているのではないでしょうか。もし高坂選手がここで外してしまった場合はその時点で熊埜御堂選手の優勝となります』


『もしも引き分けたらどうなるんですか?』


『…………どうなるんですかね?』


『ええー…………』


 知らないのかよ。

 って実況にツッコミ入れてる場合じゃなかった。


 俺はボールを手に持ってペナルティエリアへと進んだ。

 右膝が痛みを訴えている以上、右で蹴ることはできない。


 それならば。


 ボールを定位置にセットし、そして俺はボールの右側に立って助走を一歩分取った。

 会場が少しどよめいているのが分かる。


『おや……?』


『ああっと…………これは…………もしかして左ですか? なんと高坂選手、ここにきて左足で的を狙うようです!!』


 俺にはこっちの足がある。

 かの有名なマリーアントワネットもこう言っていただろう、【右が使えないなら左を使えばいいじゃない】と。

 知らない人から見たら勝負を捨ててるとか思われてんのかな。


『これはいったいどういう狙いがあるんでしょうか?』


『思い出しましたよ岡さん。彼はジュニアユース時代『両足利きスイッチキッカー』と呼ばれていましたから、左足でも高精度のシュートが蹴れるはずです』


『なるほど! 諦めたわけではないんですね!?』


『でしょうね。それに先ほどのシュートで初めて外したところを見るに、もしかしたら怪我はまだ完治してなくて痛むから蹴る足を変えたのでは?』


 凄い。あの人全部代弁してくれてる。

 解説というのも伊達じゃないな。

 さらに言えば助走は取らずにワンステップ。

 それなら右膝にさほど負担はかからずに蹴れるはずだ。もちろんその分、難易度は上がるが。


『ここでまさかの利き足交換というエンターテインメントをしてくれた高坂選手! 見事クリアとなるのでしょうか!』


 笛が鳴り、壁の動きを見計らい、先程と同じように壁が折り返してきたタイミングで右足を踏み込んだ。

 問題無い。

 膝にあるのは違和感だけ、痛みはない。

 チップキックの要領でバックスピンを掛けてボールを蹴った。

 助走は先ほどよりも短くタイミングはズレてしまうが、その分ボールのスピードを遅くすることで調整を取る。


 ボールは柔らかな放物線を描きながら真っ直ぐと飛んでいき、壁の穴と的が一直線に重なった瞬間、するりと穴を抜け、的のど真ん中を打ち抜いた。

 会場中に歓声が上がり、それに応えるようにして俺は握り拳を上に挙げた。


 熊埜御堂との戦いは引き分けに終わった。

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