真剣勝負⑤

 実況と解説の人の声が止まると同時に開始の笛が鳴らされた。

 熊埜御堂はこれまでと変わることなく、余計な力を入れることなく程よい脱力感で助走をつけ、左足でフックをつけるように振り抜いた。


 蹴り出されたボールの速度、回転、高さ、またしても申し分ない。

 ボールは内巻きにカーブしながら的へと飛んでいく。観客のどよめきの声が上がった。


『これはっ!』


 ボールは派手な音を立て──────壁に弾かれた。

 一転、今度は落胆の声が上がる。

 ボールは確実に的を射止めていた。

 しかし、問題なのはタイミングだった。

 ボールの着弾がやや早かったために、的と壁の穴がズレ、ボールが的に届くことはなかった。

 熊埜御堂の初めてのミスだ。


「ちっ」


『あーっと!! 初球からあわやクリアかと思われましたが、動く壁に遮られてしまいました!! これまでミスすることなくパーフェクトを取ってきた熊埜御堂選手、やはり最後の壁は難易度が高かったか!?』


『いやでもこれ、ボールの位置はドンピシャでしたからね、彼なら次はタイミングも合わせてくるんじゃないですか?』


『その可能性は大いにありますね! さぁ、これで気は楽になったか、続く高坂選手の挑戦となります! 彼もまたここまでミスの無いパーフェクトで来ています。もしもここで高坂選手が決めることができれば、その時点で高坂選手の優勝となります!』


『ここも期待してしまいますね。1発で決めてもおかしくないですから』


 俺はボールを手に持ち、キック位置へと向かう。

 熊埜御堂とのすれ違い時、初めて悔しんでいる感情を剥き出しにしているのを見た。

 金のためだと言っていたが、あいつもまた、サッカーに対して真摯な姿勢で向き合っているのだろう。

 でなければ、ここまでハイレベルな芸当はできない。


 ボールをセットし、3歩ぶん距離を取る。

 壁の動くスピードとボールを蹴る強さを揃えるイメトレは既にバッチリだ。

 こんなミニゲームは今までやったことなかったが、それでも今の俺なら問題なく当てられるはずだ。

 自信を持っていこう。

 絶対勝利の理念の元に。


『高坂選手の挑戦です!』


 笛が鳴った。

 壁の動きを確認し、一番左に壁が動いて折り返してくる瞬間、俺は動き出し、蹴り抜いた。


(っ!?)


 足がボールに接触した瞬間、膝に鋭い痛みが走った。

 さっきのような違和感じゃない、はっきりとした痛み。

 久々の感覚に動揺し、ボールを最後まで蹴り抜くことができなかった。

 ボールの軌道はわずかに逸れていき、タイミングは合っていたものの、壁に向かってハッキリと衝突した。

 熊埜御堂の時と同じく、観客の落胆の声が上がった。


『高坂選手も壁に阻まれてしまったぁ!! やはりこのfinalステージは一筋縄ではいかないのか!!』


『反対に高坂選手はタイミングが合っていましたからね。これも次で修正してくるでしょう。スタッフは1発で終わらずにホッとしているでしょうね』


 どうやら他の人達には痛みで逸れたことはバレていないようだ。

 だけど俺の意識は既に右膝へと移っていた。

 激痛にのたうち回るほどでも、歩けなくなるほどの痛みじゃない。

 でもその痛みは確実に俺のトラウマを呼び起こさせる痛みだった。

 距離が伸び、蹴る力も強くなったことで抑えられていた傷が軋み出したのか。


(どうしたもんか…………)


 たぶん、このまま我慢して同じように蹴ろうとしても俺は確実に的を外す。

 これまでの的の大きさなら多少のズレでも当てることはできたが、今は針の穴を通すような正確性が求められている。


 それに何より…………。


「──────!」


 梨音が立ち上がって俺に向かってバッテン印を作って何かを言いたそうな顔をしている。

 生徒会でやったフットサルの時もだけど、アイツは毎回よく気付くな。

 まぁ、俺がサッカーを諦めていた時のことを知っているからこそ心配してくれているのだろう。

 心配してくれる気持ちは暖かいしありがたい。

 だけど俺は棄権しない。

 熊埜御堂との対決を、棄権だなんてしょうもない結果で終わらせたくなんてない。


 俺は梨音に向かって手で制止し、言いたいことは分かったと一度頷いた。


 熊埜御堂との対決に勝利し、なおかつこれ以上梨音に心配をかけない方法。


(手段は他にもある)


 サッカーは常にインテリジェンスな発想を求められる。

 自分の武器を手札に、場面場面で駆使して危機を乗り越え、チャンスをモノにする。

 用意する選択肢は一つだけじゃない。

 俺の武器は、一つじゃない。

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