オムライス作り


 そういうわけで、わたしは初めて自分ひとりだけで料理をすることになったのだが、そこに不安は微塵もなかった。


 今回の一番の目的は、お兄ちゃんが作ったものよりもおいしく、そして思い出に残るオムライスを作ることである。少なくとも、大ざっぱな性格のお兄ちゃんよりは上手に作れると確信していたのだ。

 それに、お兄ちゃんのころとは時代が違うということも、わたしを安心させる要素のひとつだった。一冊の料理本とにらめっこしなくとも、スマホをいじればレシピが無限に出てくるし、料理動画だって数多く投稿されているのだ。そんな心強い味方がいるため失敗するなどあり得ないと思っていた。


 さらに言うなれば、わたしはこのときのためにご飯を炊いておいたり、鶏肉を用意したりと、ちゃんと下準備もしてあるのだ。突然わたしに要望されて、あり合わせでオムライスを作る羽目になったお兄ちゃんと比べたら、それだけでアドバンテージがあるといえるだろう。


 そういったいくつもの理由から、わたしは自信満々で調理に取りかかった。


 まずは中身のチキンライス作りだ。

 参考にしたレシピ通り、タマネギをみじん切りに、鶏のもも肉を一口大にする。タマネギは少し目にしみたが、包丁をほとんど使ったことはないわたしでもこれくらいは余裕だ。


 次に切り分けた具材を炒めるわけだが、五人分も作るということもあり、家にある一番大きいフライパンを使うことにした。

 フライパンに油をひいて、鶏肉とタマネギを順番に放り込む。それらの具材に火が通ったら、塩こしょうを振り、ケチャップをかけてさらに炒める。


 そのとき、じゅうという音と共にケチャップの香りが一気に花咲いた。これは台所に立たないと味わえない経験といえるだろう。自分が料理をしているのだと今更ながら実感し、なんだか不思議な気分になる。

 いままで毎日のように朝昼晩とご飯を食べてきたわけだが、それはすべてお母さんであったり、お店の人であったりと、他の人が作ってきたものなのだ。そんな当たり前のことに改めて気づかされ、わたしはその人達にもっと感謝しなくちゃいけないなと思っていた。


 そんな風に感慨深い気持ちに浸っていると、炒めている具材がケチャップと馴染んでいた。なので、そこにご飯を投入してかき混ぜる。本当はここで投稿動画で見たプロを真似てフライパンを振って混ぜたかったのだが、なにしろ五人前のご飯が入ったフライパンは重く、下手したら大惨事になりそうだったので無難にしゃもじを使うことにした。

 切るようにしゃもじでかき混ぜていくと、白かったご飯がみるみると鮮やかなオレンジ色に着色されていく。均等にケチャップが染み渡ったら、最後に彩りを考えグリーンピースを加えればチキンライスの完成だ。


 ――自分で言うのもなんだが、驚くほど上手にできている。初めてでここまでできるなんて、もしかしたらわたしは料理の天才なのではないだろうか……。


 とはいえ一番の難関はこの後である。これからこのチキンライスを卵で巻く作業が待っているのだ。

 わたしは別口のコンロで薄焼き卵を焼くと、その中に一人前分のチキンライスを乗せた。


 あとはこれをうまく包み込むだけだ。しかし、ここにきて不安が胸中を支配していた。一発勝負の緊張感がわたしを臆病にしていたのだろう。


 だけど絶対に失敗するわけにはいかない。今晩食卓に出す料理は、なにがなんでもオムライスじゃなきゃダメなのだから。


 ――わたしがここまでオムライスにこだわるのは、お兄ちゃんとの思い出の一品だからというのが一番の理由だが、それとは別にもうひとつわけがあった。


 それはお祝いのメッセージである。

 わたしは内気で口下手だから、直接お兄ちゃん達に婚約のお祝いを伝える自信がなかった。でも、オムライスを作ればケチャップで文字を書くことができる。つまり、黄色い卵のカンバスに、赤いケチャップの絵の具でメッセージを書くことによって、簡単に、オシャレで、なおかつ思い出に残る方法でお兄ちゃん達を祝福できると考えていたのだ。


 大丈夫。わたしならできる。それに一発勝負なんて思っていたけど、最低でもお兄ちゃんと雪絵さんの分だけ成功させればいいんだ。五分の二。そう考えれば案外いけそうじゃないか。

 わたしは頭の中で自分にそう言い聞かせると、覚悟を決めて菜箸で薄焼き卵を端からめくり上げた――

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