第44話 死の国で
「ヤァ──レン ソーランソーラン ソラン ソーランソーラン ハイハイ!!」
死の国で無事に魔物の手によって食べ物を入手できた僕は、どうしても歌って踊りたくなったので、町の真ん中に出てご老人たちの踊りを牽引し始めた。
「ニシン来たかとカモメに問えばァ わたしゃ立つ鳥 波ィにー聞け チョイヤッサ エンンンン──ヤァァァァ──サァァァノ ドッコイショォォッ!!」
異世界の老人たちがこの躍りを知るはずもなかったので、彼らは勝手気ままに好きなように踊っている。僕は歌を続けた。
「ハァドッコイショォードッコイショ!! ドッコイショォードッコイショ!! アソーランソーラン!! ソーランソーラン!!」
僕は汗を流して踊り、大変満足してフリングホルニに戻った。さあ、ヒナコ様のおわすところに向かおうっと!
フリングホルニは快速で進み、僕は読書などしているだけであっという間に死の国の宮殿に着いてしまった。
僕は跪いて挨拶をした。
「ご無沙汰しております。ナギ様の
「そうですね」
ヒナコは玉座の上で淡々と答えた。
「恐れながら、ナギ様およびヒナコ様より仰せつかった使命の一環で立ち寄らせていただいた次第にございます」
「分かりました。……もう楽にして良いですよ」
「ありがとうございます」
「ところでカオル。あなたは異世界の踊りを楽しく踊っていたと、魔物からの報告で聞きました」
「あっはい、そうなんですよ〜」
「今ここで踊ってご覧なさい」
「え」
「他の人間も呼びますから、歌って踊ってみせなさい」
「は……はい、分かりました」
ぞろぞろと、比較的年若い死者たちが広間に入ってきた。
「じゃあ……いきます」
僕は咳払いをして、声高に抑揚をつけて歌い始めた。
「ヤァ──レン ソーランソーラン ソラン ソーランソーラン ハイハイ!! ニシン来たかとカモメに問えばァ……」
広間はたちまちソーラン節一色になった。僕は踊り方を覚えていたし、他の人たちもノリで踊ってくれるし、実に楽しい雰囲気になっていた。
ヒナコは真顔で拍手をした。
「なかなかに珍しき曲。楽しませてもらいました」
「お気に召されましたか。光栄です。うふふふ」
「カオル、あなたは死者の素質がありますよ」
「そうですかぁ。あははは……」
「では、報告書を提出なさい」
「あっハイ」
僕は急に現実に引き戻された。
「ふむ」
ヒナコはざっと僕のレポートに目を通した。
「まあ及第点ですね。他の者に手伝ってもらったのでしょう」
「はい、すみません」
「これからも周囲の助けを借りつつ成長するようになさい」
「承知しました」
「では、わたしがこれを読んでいる間、町を探索することを許します」
「ありがとうございます!」
外に出た僕は、早速宇宙樹の森で一人、楽しく踊り出した。
「エンンンンン────ヤァァァァァァ────サァァァノ ドッコイショォォ──ッ!! ハァドッコイショォードッコイショ!!!」
思い切り歌うと心地が良い。
僕の声は木々の間に吸い込まれるようにして消えていく。うろついているリスのような姿の魔物たちがビックリしたようにこちらを見ている。
さて、肝心の踊りの振り付けが激しいので、僕は疲れてしまった。踊るのはやめて、少し森を歩いてみようと思った。
大きな木の根が地面に激しい凹凸を作り出している。葉の間から見える空は、桃色がかった不思議な色をしている。
時折、魔物たちがノソノソと歩いていくのに出くわす。彼らは相変わらず不気味な姿と色合いをしていて、見ると一瞬ギョッとするのだけれど、彼らはこちらに何も害を加えたりはしないのだった。
むしろ、ここに出入りしている魔物たちは、ヒナコの手伝いをしているというから、とても賢い奴らなのだ。ヒナコのもとには御使がいないので、代わりに魔物たちが、ヒナコの補助や世話焼きをやっているのだった。
何匹目だろうか、ノソノソ通りかかった魔物を僕が眺めていると、そいつは僕の方に向かって歩いてきた。ヤギのような顔つきの二足歩行の黒い魔物で、独特の目をしている。
「……なっ、なんでしょうか」
僕は少しビクビクしながら尋ねた。
「僕に何か用ですか?」
ヤギの魔物は黙って宮殿がある方を指差した。
「ああー」
僕は合点が行って頷いた。ヒナコが「戻って来い」と言っているのだ。
「今行きます」
僕は、玉座の間へと続く階段をよいしょよいしょと登って行った。
ヒナコの前に出て、きちんと跪拝する。
「お待たせしました。ただいま戻りました」
「はい。私はあなたの資料を一読しました。その上で質問がありますので、答えなさい」
「はっ、はい!」
質疑応答が始まった。誰も助け舟は出してくれないので、僕は冷や汗をかき、時には「あー、えーと、うーん」とか「分かりません」とか言いながら、何とかその場を凌ぎきった。
質問が終わると、ヒナコは僕に食事を用意してくれた。魔物たちが、風変わりな食材をテーブルに運んできている。
僕とヒナコは二人でテーブルを囲んだ。
二度目ともなると僕も結構ここに居ることに慣れてきていたのか、食事は不味くなかった。霞飴も、以前食べた時よりも甘みを強く感じる。飲み物も特に抵抗なく喉を通すことができる。
「ごちそうさまでした。美味しかったです!」
「わたしは」
「? 何ですか?」
「誰かとものを食べたのは久しぶりでした。感謝します」
……そうか、ヒナコには同席して食事を摂ってくれるような御使がいなかったのだものな。ミウだって何も食べなかったのだし。
「そうでしたか!」
僕はニッと笑ってみせた。
「今回はしばらくこちらに滞在させていただきますし、これからも定期的にこちらに寄ることになりますから、またお食事をご一緒できますよ!」
ヒナコは表情こそ変えなかったものの、深く頷いてみせた。
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