第42話 北の町で


 続いては地下世界に行くために、西の果てを目指す。


 その前に、視察がてら、今ニレイが滞在しているという、北方の町に寄ることにした。彼女はブラズニルを保持しているので、他の御使みつかいよりもうんと色んな場所をめぐることができる。


 僕はニレイと空の欠片で連絡を取ってみることにした。


「そっちの町はどんなところ?」

「北の地方には田園が多い。ゆえに米が旨いぞ」

「ああ、あはは、そうなんだ」


 変わらぬ食への探究心に、僕は顔をほころばせた。


「それはとても楽しみだなあ」

「米から作った酒も名物だが……貴様、酒は飲めるのか?」

「ううん、飲んだことないよ。僕の故郷ではお酒は二十歳まで飲んじゃいけないことになっているんだ」

「む? ここでもそうだが……ああ、貴様はまだ十五なのだったか」

「実はそうなんだよ」


 友人と話すのは良いことだ。この広い船でひとりぼっちで旅を続けていると、気が滅入りそうになる。町に降りて人々と交流することはあるし、それはとても楽しいことなのだけれど、ふと、親しい人と接したくなる時が来るものだ。

 優しい友人たちと喋っていると、心が和む。気持ちが浮き立つ。ああ、ここにいていいんだなあと、再認識させられる。


 三日ほどで、僕はニレイのいる町に辿り着いた。


 城壁の中に入る時、恭しく一礼されるのには、未だに慣れなかった。自分が、大した仕事もしていないのに、偉い人みたいになってしまったことが、後ろめたかった。


「仕事はしただろうが。ナギ様を連れ戻したのだからな」


 ニレイは箸を動かしながらそう指摘した。


「でも僕はさほど役に立っていないんだよなあ」

「またそういうことを言う。気持ちは分からんでもないが、そう卑屈になるな。貴様はちゃんと良い仕事をしたのだ。しかも、死ぬような目に遭っても、めげず、諦めず、絶望せず、生き抜いた」

「……そっか。そういうものかな……」


 僕は水炊き鍋に箸を伸ばした。鶏肉の出汁がよく出ていて、旨味が強い。


「卑屈になるのは僕の癖だからなあ。ちょっとずつ直していくことにするよ」

「そうか。まあ、焦らずやればいいのではないか」

「うん。のんびりやなのも僕の特性だからね」


 そしてこの白米が本当によくできている。

 つやつやで、ほかほかで、ほどよい歯応えがあって、白米だけで何杯もいけてしまいそうだ。実際ニレイは四杯目のおかわりをしている。


「そんなに食べていいの? このお店では、このあとこのお鍋の残りで、『おじや』を作ってくれるんでしょう」

「だから控えめにしているのだが?」

「ああはい、愚問でした」


 僕はおとなしく引き下がった。


 おじやは期待通りの美味しさだった。

 鍋にお米を投入して、卵を割り入れ、塩を少々強めに効かせる。しばらくぐつぐつ言わせて、蓋を開けると、ふんわりと贅沢なおじやが、湯気に包まれて顔を出す。

 これがまた、箸の進むこと、進むこと。

 僕は一心不乱におじやを口の中に書き込んだ。


「あふっ、あひゅ、熱い、……うまい……」

「……」


 ニレイは無言であった。感動のあまり言葉を失っているらしかった。


 僕たちはお腹をいっぱいにして、大満足でお店を出たのだった。


「これからどうするつもりだ?」


 ニレイは大通りの方に足を向けながら言った。


「んー。この町のことも報告書に書いて、それから、地下世界へ向かうよ」

「そうか……。ヒナコ様によろしく言っておいてくれ」

「了解です」


 それからふと思い立って、僕は言った。


「ああ、そうだ。頼みがあるんだけど」

「何だ」

「これからもちょくちょく、連絡をしてもいいかな? 別に、大した用事があるわけじゃないんだけど……」

「む? 構わんが……。というか我々も、大した用事なぞなくても、暇潰しに空の欠片を使うことがある」

「あっ、そうだったんだ……。じゃあ、他のみんなにも、突然連絡をして雑談なんか始めても、大丈夫かな」

「仕事中でなければな」

「そうなんだ」


 僕は嬉しくて微笑んでしまった。


「ああ、それから、地下世界に行くには、西の果てを経由するのだな?」


 ニレイは尋ね、僕はこくりと頷いた。


「トコヨ様にお会いしてくるよ」

「であれば、後で私の方からヤマトに連絡を入れておいてやる」

「あっ、それは、助かります」

「……奴は非常に気難しいが……まあ、頑張ってくれ」


 僕は首を傾げたが、素直に「うん」と言っておくにとどめた。


 僕とニレイは、町を視察するために散策することにした。


 小綺麗で穏やかな町だった。町の人の多くは城壁の外の田畑に出ているらしく、人通りは多くはない。僕は古びた建物の様子とか、張り巡らされた水路のこととか、そんな簡単なことをメモすることしかできないけれど、ニレイは色んな数字やら図やらを細かく書き込んでいるようだった。特に、役所に立ち寄ってあれこれ質問をしている時は、非常に熱心に書き取りをしていた。


「どうやって報告するの、それ。ヒナコ様にはお会いできないのでしょう」

「これはナギ様の仕事を手伝っているんだ」

「あー、なるほどね」

「ヒナコ様の仕事をする時は、ヒナコ様の方から、直接脳内に語りかけてくださる」

「そ……そんなことが!?」

「ナギ様もおやりになるぞ? 神はご自身の御使に対してはテレパシーを使えるのだ」

「し、知らなかった……」

「今知れて良かったな」


 それから僕たちは他愛のない話をして盛り上がった。この町で一泊した僕は、ニレイに「またね」と別れを告げ、またフリングホルニに乗り込んだのだった。


「お役目、頑張れよ。カオル」


 ニレイは別れ際にそう言っていた。

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