天地をめぐる愉快な旅路

第40話 東の果てで

「あっ、アマネ様〜、おはようございまーす！」

　船を畳んで険しい山道を歩いていた僕は、泉から立ち去ろうとするアマネを見とめて、駆け寄って行った。

　アマネはこちらを振り返ることも歩調を緩めることもなく、まっすぐに家へと歩いて行ってしまう。

「アマネ様〜待ってくださいよ」

　僕は駆け足でアマネに追いついた。ちょっと息が切れた。

「また来たのね、カオルくん」

「今異世界から戻ってきたところなんです。日の出と共にこっちに来るシステムになってるみたいで、僕、世界の狭間で丸一日待ってたんですよ。参っちゃいました。景色は変わらないし、退屈で」

「まあそうなの」

「実は僕、父さんに言われて……」

「アナタの役目なら、もう把握していてよ。ニュースになっていたもの」

「あっ、そうなんですね！　ところで、今日はカノはいますか？」

「うちに？　いるわよ。明日が丁度、交代の日だから、準備をしているわ」

「交代って何ですか？」

「知らなかったの？　私の他の御使（みつかい）が交代でうちに来て私の面倒を見てくれているのよ」

「なるほど。当番制なんですね」

「トコヨのところもそうじゃないかしら？　私は彼女に会ったことはないけれど」

「なるほど」

「まあ、そんなわけだから、うちに寄ってもあまりお構いできないと思うわ。それでもいい？」

「滅相もないです。ご迷惑でなければ……寄らせて頂きたく」

「別に迷惑だとは言っていないわよ」

「じゃあ、すみませんが、ついでに……僕は急いで何か食べなくちゃいけないので、朝ごはんとまでは言わずとも、おやつか何かくださると幸いです」

「……そういうことは早く言いなさいな。急がないといけないじゃないの。アナタって愚図ねえ」

「すっ、すみません」

　アマネは足を速めた。家畜用の広場の柵の間を抜けて、僕たちは急いでアマネ宅に到着した。二階の方でガタガタと音がするから、カノは今忙しくしているのだろう。後で挨拶をして、連絡先を交換させてもらわなくては。

　僕はほかほかのロールパンをアマネ直々に出してもらった。

　バターの風味が濃くて、香ばしい。塩気も効いている。ニレイ曰く山では岩塩も取れるというから、それを使用しているのだろう。

「助かりました。ありがとうございます」

　僕は言って、もふもふとパンを頬張った。

「難儀ね。異世界から帰るたびに、うちに寄って何か食べなくてはいけないということ？」

「あっ、湖とかがあれば、水だけ飲んで済ませるので……一日くらい平気ですよ、多分」

「莫迦おっしゃい。ご飯くらい差し上げるわよ」

　アマネは笑顔のままだったが、少し声音が厳しくなった。この神様は、物言いや態度はどこか冷たいところがあるけれど、根は慈悲深い性格のようだった。

　僕が申し訳なく思って縮こまっていると、トントントンと軽い足音がした。

「あの……お待たせしました」

　カノが階段からちょこっと顔を出していた。相変わらず暖かそうなセーターを着ている。

「いらっしゃい、カオル。何のお構いもできなくて、ごめん」

「いいんだよぉ。あ、僕、父さんの御使になったから、空の欠片を持っているんだ。今後は定期的にこちらにお邪魔させていただくことになるから、連絡先を交換してもいいかな？」

「……少し、待って」

　カノはまた顔を引っ込めると、空の欠片を手に持って降りてきた。

　僕たちは珠どうしを「こっつんこ」させた。これだけで、念じれば相手と交信できるようになる。

「いやー、助かったよ。ここへ来る前にはカノに一報を入れるようにするね」

「うん……わたし、しばらくここからいなくなっちゃうから、次あなたが来た時にいない可能性が高いんだけれど……」

「そしたら他の御使さんに取り次いでもらえるとありがたいなぁ……。何しろ僕の分のご飯を用意してもらうことになってしまうから。迷惑ばかりかけてしまうね」

「いえ、別に……」

「僕、無駄飯食いにならないように、しっかり働くから」

「……無駄飯食いだなんて、そんなことは、言っていない……。でも、まあ、頑張って」

「うんっ、頑張る」

　僕は気合を入れた顔をして頷いた。

　それから二人に別れの挨拶をして、僕はアマネの家を出た。

　充分に距離を取ってから、ひらけた場所でフリングホルニを展開する。

　続いてこの船で向かうのは、宮殿のナギのもとだ。少し、長旅になる。僕は操作を終えて操舵室を出ると、買い込んでおいた本の中から長編小説を取り出して、しばし読み耽ることにした。