第9章 天地
第39話 故郷で
こうして僕の異世界道中は幕を下ろし、同時に新たな旅が始まった。僕はこれから神器の船フリングホルニと首飾りミスティルを使って、世界中を飛び回ることになる。
異世界視察の最初の一歩として、僕は一人で故郷の町を散策することにした。
母さんからお小遣いをもらって、電車に乗って都会へと出た僕は、ショッピングモールに足を運んだ。
旅をするための準備をする、……その前に、あちらでは味わえない贅沢を少々。
僕はアニメ映画のチケットとコーラとキャラメルポップコーンを購入して、意気揚々と映画館に入って行った。
そして約二時間後、べそべそ泣きながら出てきた。
(ああー面白かった!)
ハンバーガー屋で腹ごしらえをしてから、カラオケに入る。一人で歌って踊って盛り上がるのだ。
二時間後、僕はすっかりくたびれて出てきた。
(ああー楽しかった!! ……さあ)
気を取り直して、いざ、ショッピングである。
店頭には、冬物の暖かい洋服がズラリと並んでいる。あちらでは神の前に出る際にも服装の指定は無さそうだから、本当に好きなものと必要なものだけ選べば良かった。
てんこ盛りの荷物を持って帰った僕は、母さんの作ったキムチ鍋を夕飯に食べて、翌日また買い物に出かけた。
買うものは沢山あるのだ。
何しろどデカい船内でずうっと一人で旅をすることになるのだから、暇つぶしの道具は必須だった。
ということで僕は地域で一番大きな本屋さんに入った。幸いなことに僕は本を読むのが好きだったから。
気になる本を片っ端から手に取ってゆく。それから、『一冊で分かる! 日本史の本』とか『世界まるわかり 中学生のための地図帳』、それから『はじめての公民』なんかも追加した。何となく社会科の知見はこの先お仕事をするに当たって最低限必要な気がしたので。
結果的に、到底持ち運べる重さではなくなったので、本は家まで郵送してもらうことにして、僕が次に向かったのはスーパーの食料品のコーナーだった。
インスタントコーヒーとカレールウは必ず必要だと思われた。それからみんなへのお土産のためと自分のおやつのために、チョコレートを大量に仕入れた。
買い物袋にめいっぱいチョコレートを詰め込んで、この日もルンルン気分で帰宅する。
「そんなに買い込んでも冷蔵庫に入りきらないわよ!」
と母さんは怒った。なるほど、確かに。
仕方がない。今の季節なら、部屋に置いておいてもチョコレートが溶け出したりはしないはずだ。
未だに仏壇が鎮座している僕の部屋は、みるみる、服と本とチョコレートに占領されていった。
(……アレ?)
そういえば、すっかり忘れていたことがある。
……別の世界のものを食べたら、そっちに引っ張られてしまう。あちらでチョコレートなんか食べたら、
「この大量のチョコレート……とか、カレーとか……」
家に置いていくしか、ないのか……。
こちらに帰ってきた時に口にするための分はとっておいて、あとは母さんに消費してもらうしかないらしい。
僕は母さんにしおしおと報告した。母さんは「何やってんの!」とまた怒った。「いくらかけたのよ!」
それからチョコレートの小山を見て、何故か爆笑し始めた。
「こんなにあったら鼻血が出るわ!」
「それは迷信だって聞くけれど」
「あらそうなの? はあ……アンタって頭いい時もあるけど、どうしようもなくアホな時もあるわよね」
「……反論できません」
さて、チョコレートを含まないことになったとしても、結構な大荷物になった。
これだけの荷物を、どうやって船まで運ぼう。
フリングホルニを使うためにはある程度の面積が必要なので、僕は先日は近所の自然公園の芝生に着陸していた。夜明け前の公園には
「母さん」
「何」
「荷物を船まで運ぶのに、車を出してくれるかな? できれば人目のない深夜とかに……」
「そんなに申し訳なさそうにしなくても、それくらいやってやるわよ」
そこで荷物が揃った翌日の深夜、僕たちは真っ赤な自家用車に荷物をいっぱいに乗せて出発した。
相変わらずの乱暴な運転に振り回されて、荷物が危うくグッチャグチャになるところであった。
間もなく公園に到着し、僕は芝生の上にフリングホルニを展開した。真っ暗な中、母さんと二人で手分けして、荷物を船内に運び込む。
「……これで最後。あとはアンタ一人でやれる?」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、気をつけるのよ」
「また帰るね」
「気長に待つわ」
僕は母さんに小さく手を振ると、船の乗降口を引き上げて、操舵室に入って行った。
フワン、と巨大な船体が宙に浮く。
フリングホルニは、夜の冷たい風が吹く中を、オリオン座の輝く空に向けて、一直線に昇っていく。
窓の外では、母さんの姿が、芝生の広場が、木々が、森が、どんどん小さくなっていく。街明かりが見え始め、それすらも小さくなる。
僕はミスティルを握りしめた。
「さあ、もう一度、異世界に旅立とう」
船は僕を乗せて、オリオン座の輝く夜の闇へと吸い込まれ、消えゆく。
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