第37話 宇宙樹に聞いてみよう
「よくぞ戻りましたね、カオル」
ヒナコは玉座の脇に立ち、能面のような表情を崩すことなく、僕にねぎらいの言葉をかけた。
「恐れ入ります」
奇妙な空間だった。宮殿というからさぞや立派な建築物なのだろうと思っていたが、この様子ではブラズニルやフリングホルニの方がまだ広い。所々金箔の装飾が施されているものの、大抵のものは木製だった。今ナギが座っている玉座も、優美な彫刻がしてある木の椅子に過ぎない。
椅子がある場所は一段高くなっていて、その横に十余名の
「ナギを無事に地上に戻したのはお手柄です。褒めてつかわしましょう」
ヒナコは言い、僕はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「先程、ナギから話は聞きました。あなたは異世界間をこれからも出入りしたいのだとか」
「あっ、はい、できれば」
「そんなことは前代未聞ですよ。流石はナギの子といったところでしょうか」
「……スミマセン」
「この私の手を煩わせるのですから、あなたにはそれなりの仕事をしてもらわなくては」
「仕事?」
僕の疑問を無視して、ヒナコは、玉座に足を組んで座っているナギの腕を引っ張って立たせた。
「ウヒョアッ。何するんだいヒナコ」
「あなたは毎度毎度、奇声を上げないと気が済まないのですか。愚かな……。宇宙樹へのお伺い、やるなら早く済ませましょう」
「わ、分かったよう。でも『愚かな』ってひどくないかい」
「……」
「無視ですかそうですか……」
ナギとヒナコは段を降りて部屋の中心に進み出ると、両手を繋いで高く掲げ、祈るようにして目を閉じた。
ズドン、と床が揺れた。
部屋全体が小刻みに震え出す。
「うわあ」
僕は尻餅をついた。
「メ、メ、メッチャ揺れるゥ〜」
そうぼやいた僕の声も振動してブルブル言っていた。ニレイが「黙れ」とでも言いたげに僕を睨んだ。
やがて、「キュウウウン」という矢鱈と電子的な音が部屋中に鳴り響き、ピタリと揺れが止まった。
僕は唖然として座り込んでいた。
「ふーやれやれ」
ナギは疲れた様子で玉座に戻った。ヒナコは僕の方を向いて「立ちなさい」と言うとナギに続いて段に登った。
僕は立ち上がって気を付けをした。
ナギとヒナコは何やらゴニョゴニョと話し合っている。僕も御使たちも背筋をピシリと正したまま待つ。やがてヒナコがこちらを向いて口を開けた。
「……カオル」
「はいっ」
「あなたにはナギの御使になってもらいます」
「えっ、父さんの……ですか?」
ちょっと一瞬、意味をはかりかねた。
ざわ、と空気が揺らいだ。
「父さんだって」
「あの子はナギ様のこと父さんってお呼びするの?」
「親子ってそういうもの?」
ヒナコは構わずに続ける。
「神の御使には神器を贈呈することになっています」
「はい! ということでボクからは、空の欠片とフリングホルニを、キミにプレゼント〜!」
「……いいんですか?」
「いいよぉ。ちょっとこっちおいでよ」
ナギはパチンと指を鳴らして、何もないところから新しい空の欠片を出現させた。
「ハイこれはキミのね。それからミウ、フリングホルニを」
「あ……はい」
ミウが慌てたように進み出て、ルービックキューブのように縮小されてしまっている状態のフリングホルニを、僕に押し付けた。
「……使い方は分かるよね?」
「うん……でも本当にいいのかなぁ」
「異世界からこちらへ来る手段が欲しいんだろう?」
ナギはにこやかに言った。
「やはり異世界間の移動には、世界を区切る存在である『空』が関係しているらしいんだ。キミがこちらへ来るには、異世界で空に接触する必要がある。ある程度の高度に達する必要があるんだ」
僕は急いで脳味噌を回転させた。
初めてこちらへ来た時も、一度あちらへ帰った時も、僕は空高くから落下していた。あれは、空を通って異世界間を移動したということだったのか。
「だからフリングホルニを使って空を飛べば良いよ。そしたらその船ごとこっちへ来られるそうだよ。もちろん、ミスティルも忘れずにね」
「船ごと」
「キミが移動したら、周りの物も巻き込むことができるだろう? でなければキミは、あちらへ行った際に変質者になっていたところだよ」
「ああ、服とか……」
僕は頷いた。
「でも僕の我儘で船をもらっちゃっていいの?」
「そこで一つ提案があるんだ」
ナギはしたり顔だった。
「キミ、ボクたちのために旅をしてくれないかい?」
「旅?」
「その船を使って、こちらとあちら、生の国と死の国を、定期的にめぐって欲しいんだ。そして見聞きした内容をボクとヒナコに報告して欲しい!」
「……!」
「これはキミにしか頼めない仕事だよ。ボクもヒナコも意思疎通に難があるからね……仲介役を置く良い機会だと思って」
そうだろうな。二人で喧嘩して戦争を起こしてしまうくらいだものな。
「どうだい? 受けてくれるかい?」
「それくらいなら、喜んで」
僕は即答していた。これでどちらの世界にも僕は居ることができる。両得というものだ。
「決まりだね!」
ナギは嬉しそうに玉座の上でぴょこぴょこ跳ねた。
僕には居場所がある! 何と素敵なことだろうか。
どちらの性にも属するニュートラルな性質ゆえに、あちらの世界では居場所が無かった。けれども今度はどちらの世界にも属せる性質ゆえに、僕だけの居場所ができたのだ。
何たる僥倖か。
しかも、「どちらなのか」を決めなくとも良いのだ。どちらでもいい。僕はこれから旅をして生きる。
月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり……。
僕は旅人になるのだ。
「……では、私たちは仕事の引き継ぎがありますから。皆の者、下がりなさい」
ヒナコが言い、僕たちはぞろぞろと玉座の間を辞することになったのだった。
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