第36話 宮殿に到着する

 

 いちいち町の人に歓迎されることを、ミウは鬱陶しそうにしていた。ナギも早いところ宮殿に入って、ヒナコから仕事を引き継がなければならない。

 だが、町に入るには身分を証明しなければならないし、ミウが持っている空の欠片を見せれば、隣にいる茶髪の青年が誰なのかは自明だったので、お忍びで町を行くことはほぼ不可能だった。

 食材を買い込めば町に降りなくても済むし、保存にはニフルの冷気を使えばいいから、僕たちは数日分の食材を用意して船に引きこもることにした。


 調理係は僕が買って出た。

「お二人に食の悦びをお伝えするには力不足でありますが」

 僕は言った。

 ミウは「食べられれば何でもいい」と興味無さそうに言ったし、ナギは「我が子の料理が不味い訳が無い」と楽しそうだった。


 僕は手際良く少量の調味料も調達しておいたので、あまりまごつくこともなく手料理を振る舞うことができた。カボチャの煮付けとか(醤油の味加減に苦労した)、炊き込みご飯とか(食材の中に正体不明のキノコが混入していたので困惑した)、カツ丼とか(ナギの熱烈なリクエストにお応えして)、里芋の煮っ転がしとか(ナギの熱烈なリクエストにお応えして)……、そんなものを作っているうちに幾日かが経過し、フリングホルニは世界の中心の目前に迫っていた。


「この船は本当に速いんだねえ」

「……今更?」


 ミウは苦笑した。スミノへの連絡を済ませて、船はいよいよ宇宙樹の根元に着陸する。

 ナギの宮殿は宇宙樹の巨大なうろの中にあった。

 フリングホルニを降りた僕たちは、てくてくと幹の方へと歩いていった。僕は懐かしいような奇妙な感覚に捉われていた。


 ここから旅が始まった。


 莫迦みたいに幅のある幹。足元にちらつく大きな葉の影。


 ここで僕は肉体を与えられ、代わりにナギを踏み潰して死の国に送った……。そして世界を一周してまたここに戻ってきた。


(改めて考えると……いや改めて考えたところで、まるで意味が分からないな)


 冗談みたいな本当の話だ。


(あっ、そうだ……忘れていた。この肉体について聞きたいことがあったんだった)


 僕が口を開こうとした時、ナギがガシッと僕の腕を掴んだ。


「ほぇ?」

「行くよ〜」


 ナギは僕とミウの腕を掴んだまま、フワーと浮き上がった。僕の体も未確認飛行物体か何かのようにフワーと持ち上がる。


「うわわわ!?」

「ナギ様!? 御自ら運ばれなくとも、私は歩いて参ります……」

「いいからいいから。だってそんなの面倒くさいでしょ」


 ビューンと僕たちは上昇していく。枝とか葉っぱとかがビシバシと何の容赦もなく僕たちの体を打ったが、誰一人怪我一つ負わなかったし痛がりもしなかった。


 やがて、丁度エレベーターが到着するような形で、宮殿の入り口が現れた。

 木でできた重そうなドアの前にわらわらと人が集まっている。


「ハイ到着〜! ただいまぁっ!」


 というナギの挨拶は、スミノのバカデカい声に掻き消された。


「ようこそお戻りくださいました! 御使みつかい一同、ナギ様のご帰還を心よりお待ち申し上げておりました!」


 集まった十人余りの御使たちが、跪いて深々とこうべを垂れる。


「わあっ、みんなありがとぉ〜……って、アレ?」


 にこにこと歓迎を受けていたナギは、次の瞬間スミノの手によって高々と持ち上げられた。


「ウギェェェ!? 何するのっ……」

「ワーッショイ! ワーッショイ! ワーッショイ! ワーッショイ!」


 スミノはナギを胴上げしながら奥へと連れてゆく。他の御使たちも胴上げに参加してはいるのだが、いかんせんスミノが突出して背が高いので誰もナギの背中に手が届いていない。今にも床に落っこちそうになっているナギは「キャーッ」と絹を裂くような悲鳴を上げている。どうせ落ちても痛くないのにいちいち怖がるとは律儀なことだ。


「ちょっとスミノ」

 慌てて後を追いかけたミウも、御使たちの波に飲み込まれた。

「お帰りミウちゃん!」

「よく帰ってきた!」

「眼帯お洒落だね」

「お前も一緒に胴上げしようぜ」

「ていうかミウも持ち上げようぜ」

「それがいいそれがいい」

「ちょっ、やめっ……」


 ワッショイワッショイ、ナギとミウが運ばれてゆく。


 ぽつねんと残された僕の元に歩み寄る影があった。


「ご苦労だった、カオル」

「あっ、ニレイ。久しぶり」

「本来ならナギ様をお救いした貴様のことももてなして然るべきだが、あいにく御使たちがあの調子なのでな」

「もてなすなんて、いいよそんなの。元はといえば僕のせいなんだし」

「……気にすることはないだろう。貴様に責任は無い」

「そうかねえ。あっ、そうだ、これニレイに言おうと思ってたんだけど」

「何だ」

「おすすめされたピザは美味しかったよ。ニレイも機会があったら行くといいよ」

「……そうか」


 ニレイがチラッと笑んだので、僕はその顔をまじまじと見つめた。


「……何だかよく笑うようになったね」

「? そうか?」


 ニレイは口元に手をやって首を傾げた。その時、「オーイ」と呼ぶ声がした。スミノだ。


「カオルもニレイも早く来いよ。ヒナコ様がお待ちかねだぜ」

「分かった、行こう」

「はあーい」


 僕たちはスミノの声を追って、宮殿の内部へと足を運んだ。

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