第35話 お久しぶりです


 翌朝僕たち三人はアマネとカノに見送られ、フリングホルニに乗り込んで東の山を後にした。


 ナギは珍しく居間に出て、アマネからお裾分けしてもらったお茶を飲んでいる。


「今日はお加減がよろしいのですか」

「そうみたい」

 ナギは目を細めた。

「ヨシエと仲直りできたからかな?」

「左様ですか」


 ミウは読みかけの本をぱたりと閉じた。またヘナチョコな題名の本だ──『あらゆる意味においてでっちあげられた干からびたリンゴ酒』。

 もうどこからつっこんでいいのかすら分からない。干からびたお酒をでっちあげて、誰が何の得をするというのだろう。虚無だ。虚無がここにある。


「……そうだ、スミノと交信しないと」


 ミウは言った。


「ん?」

 僕は首を傾げ、ナギも口を開いた。

「スミノ。懐かしい名を聞いた。彼は息災かな?」

「はい。昨日、連絡を取っておきました。私たちが無事に地上に出たこと」

「へえ!」

「そうだったんだね」


 僕とナギが興味津々に見守る中、ミウは懐から空の欠片を出した。

 ポーン、ポーンと珠が青く光り始める。

 やがて、見覚えのあるオレンジ色のパーカーが浮かび上がった。


「もしもし」

「オーッス! ミウ! 俺だ!」


 割れんばかりの大声が返ってくる。


「知ってる」

「ナギ様はどこにいらっしゃるんだ?」

「ここに」


 ミウは空の欠片をナギの方に差し出した。


「やあ、スミノ。久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「お久しぶりです! 俺は元気ですよ」

「相変わらずのようで何よりだよ」

「ナギ様は今は落ち着かれているんですね。地下の国にいらした時は泣いて騒いでいらっしゃったので心配しました!」

「ウグッ! バレてた……」

「まあ……あの時ナギ様は、ストレスをお溜めになっていたから。お腹を空かしていたし」

「そうでしたか! わはは」

「笑い事じゃないよ、スミノ。断食って大変なんだからね」


 ナギはちょっとむくれている様子だった。スミノはまた豪快に笑った。


「……ああ、それから、カオルはいるか? 話したいんだが」

「いる」

「こんにちは、スミノ」


 僕はひょこっと顔を出してみせた。


「おうおう、元気そうじゃねえか! 良かった良かった。異世界に行って帰って来たんだって?」

「うん」

「わはは、災難だったなあ!」

「そうかなあ」

「それからな、今ここにニレイが居るんだけどよ……」

「ええっ!?」


 僕は目を見張った。それは、是非とも話させて貰いたい。


「ちょっと待ってろ、代わってやるからな……おっと」

「遅い」


 聞き馴染みのある声がして、珠の画面が乱暴に揺れ、銀髪の少女の顔が映し出された。


「ニレイ!」

「無事か?」

「うん!」

「なら良い」


 ニレイがフッと笑ったので、僕は少し驚いた。そういえばニレイの笑った顔をあまり見たことがなかった。表情筋が鉄でできているかのようにニコリともしなかったニレイは、笑うと少女らしい可愛い顔になった。

 ニレイはというと、すぐに笑顔を引っ込めて、ナギの方を向き会釈をした。


「お久しぶりです。ヒナコ様の御使みつかい、ニレイと申します。その節は、大変失礼を致しました」

「うん、キミのことは覚えているよ」


 ナギはずいっと身を乗り出した。


「思った通りしっかりした子だなあ。キミがミウを殺したことなら、ボクもミウも気にしていないよ」


 確かに、二人とも地上に復活しているのだから、何も問題が無いのだった。


「それより、キミがカオルを西まで送ってくれたんだよね。ありがとう」

「恐れ入ります。礼には及びません」

「キミは本当によく食べるんだと、カオルから聞いているよ」

「……。はい。カオルがお世話になりました。私の方こそお礼を申し上げます」


 真顔で肯定したのち、ニレイはさっさと話題を元に戻してしまった。


「いやいや、ボクも助けられたしお互い様さ。それに子どもを助けるのは親として当然のことらしいからね」

「そうですね。御三方ともご無事で何よりです」

「ねえ、ニレイは今、どこにいるの? 僕たちは東の果てを発ったばかりなんだけど」

「ああ」


 ニレイは僕の方に視線を戻した。


「宮殿に留まってヒナコ様の手伝いをしている。貴様らの帰りを待つつもりだ」

「本当! 早く会いたいなあ」

「待っているからとっとと来い。それから……そうだな」

「何?」

「ふもとにある町で飯を食うのなら、ピザがおすすめだ。あの地域はチーズとサラミが旨いらしいのでな」


 ぶはっと僕は吹き出した。


「何かおかしいか?」

「ううん。ニレイは相変わらず、食べ物が好きだなあ」

「……何も食わん者は、本来、この世界に存在できない。掟破りのお二方にも、存分に食の悦びを知って頂きたいな」

「承知したよ」


 ナギは笑いながら言った。


「ね、ミウは七十年も食べていなかった分、沢山美味しい思いをしなくちゃ駄目だね」

「……そうですか……」


 ミウはあまり興味が無さそうだった。


「それじゃあ、宮殿に着く頃に、またスミノに連絡するから。いい?」

「おう、頼んだぜ」

「さよなら」


 ブツンと交信が切られた。


「……ピザ屋に行くまで、各自ゆっくりと過ごしてください」


 ミウはそう言って、再び本を開いたのだった。ピザを食べることは了承してくれたらしい。


 ふもとの町で船を降りた僕たちは、町の人々から大歓待を受けた。


「ナギ様だ!」

「本物だ!」

「本当に復活なされたんだ!」

「バンザーイ!」


 ナギはにこにこ笑って手を振り、口を開いたかと思うと、何かありがたいお言葉を言うでもなく、ただ


「おすすめのピザ屋はないかい?」


 と尋ねた。

 人々が競って紹介してくれた中から見事選ばれた店は、やたらと高級なレストランだった。ミウは不安そうに財布を確認した。


 出されたピザは、薄い生地にチーズがこれでもかと載せられた一品で、一枚食べるだけでもうお腹がいっぱいになった。しかし、薄めの味付けの大量のチーズと、塩辛いサラミの相性は抜群であったので、ついつい手が進んでしまう。ミウが一切れ残してしまった分も頂いた僕は、脳味噌の中までチーズになってしまった気分がした。

 このボリュームならきっとニレイも大満足だろうと思われた。


 僕たちは店の人に素敵な宿を紹介してもらい、そこで一晩休んでから出発することになった。

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