第8章 再会
第34話 また会いに来たよ
僕たちが移動した先は、とっぷりと日の暮れた見慣れない場所だった。険しい山の稜線が見える。どうやら山岳地帯であるらしい。
「ここどこ?」
「アマネのところだよ」
「えーと確か……東の果ての女神様?」
「そうだよ」
「ここは東の果て?」
「そうだよ」
「……僕、てっきり、宮殿に行くのかと思ってたけど。違うの?」
「ここから世界の中心までなんて、そんな瞬間移動みたいな真似はボクできないよ?」
「へ? 異世界には、こう、シュンッて行けるのに?」
「軸の設定を合わせれば異世界間は大丈夫だけれど同じ世界の座標同士を無理に繋げるわけにはいかないだろう。もう今日は座標をあの家に合わせちゃったから駄目なんだよ」
「ちょっと何言ってるか分からないや」
「瞬間移動できるなら、わざわざフリングホルニみたいな神器を、ボクが作るわけないだろう?」
「うーん、ナルホド」
「さあ、アマネのおうちへ行くぞ〜!」
ナギは意気揚々と歩き出した。
「待って、暗くて足元が……」
「じゃあボク光るね」
ナギの全身がペカーと淡く光を灯した。格段に周囲が見やすくなった。草地を踏んで丸太の家に向かう。
ところがドアをノックして開けてもらった次の瞬間、ナギの意気も光もたちまち萎んで消えてしまった。
「随分と遅いのね? ナギ。待ちくたびれたわ」
アマネが直々に出て、薄く笑いながらナギを見上げ、ズバッと言った。
「ヒャイッ……」
「アナタが『ちゃちゃっと終わる』と言うから、みんなして待っていたのに……夜までかかるなんてどういうおつもり?」
「ごめんなさい。これには訳が」
「そんなの、私の知ったことじゃないわ」
「ハイ」
「まあ、私は構わないけれど。早くお入んなさい。アナタの
ナギに続いて僕が「お邪魔します」と背中を丸めて家に入った。
通り過ぎ際に、アマネの金色の眼が僕を捉えた。
「ふうん。アナタがカオルくん」
視線に絡め取られるようにして、僕は足を止めた。
「はっ、はじめまして。あの、……すみませんでした」
「何故アナタが謝るの?」
「僕が父さんを引き留めたので……」
アマネの口の端がちょっぴり持ち上がった。
「どうでもいいわ。行ってちょうだいな。ドアを閉めたいから」
「はい」
部屋へ入ると、暖かいな、と思う間も無く、紫色の頭が目の前に立ち塞がった。
「……おかえり」
ミウは言って、左目でじっとこちらを見た。
「心配した。戻ってきてくれて、嬉しい」
「あ、ありがとう。でも僕……」
「何?」
「またあちらへ戻るつもりでいるんだけど。それからどうなるか……どうするかは……まだ分からないんだ」
「そう」
ミウは目を逸らさなかった。
「でも、また会いに来てくれて、嬉しいから」
「うん」
「ひとまず、座ったら? 早いとこ、お菓子を食べないと」
「うん」
僕は、もこもこのセーターを着た女の子の隣の椅子に腰掛けた。
「はじめまして、カノ」
「うん。お噂はかねがね。カオルさん」
「『さん』はなくていいよ」
「そう……」
カノは俯いて口を噤んだ。思ったより無口な人であるらしい。僕はテーブルの上のパウンドケーキをつまんだ。軽い口当たりで、甘さ控えめで、とても食べやすい。ナギは早くも二切れ目に手を出している。
「三人とも明日出発するのでしょう」
アマネが入ってきて言った。
「うん。フリングホルニは日中しか動かないからね」
「悪いけどうちにはお客用のベッドが二つしか無いのよ」
「じゃあボクが船に戻るよ」
「いいんですか、ナギ様」
ミウは言ったが、ナギはさらりと頷いた。
「ボクはようやく、フリングホルニの部屋に慣れてきたところなんだもの……」
「そうですか。遅いですね」
「そっ、そんなことないよう」
「いいえ、いくらなんでも遅いわよ。ねえミウちゃん」
「ですよね」
「……アマネもミウも、歯に
何やかんやで雑談は盛り上がった。その後、ナギはミウからキューブ状のフリングホルニを受け取って、アマネ宅を辞した。僕とミウは、二人一部屋の客室に案内された。
「狭くてごめんね。ゆっくりしてね。おやすみなさい」
カノは小さい声で言って、そっと扉を閉じた。
「それじゃあおやすみ」
ミウはさっさと髪を解いて眼帯を外して布団を被った。目元の痛々しい傷跡がちょっとだけ見えた。
僕はミウにそっと声をかけた。
「あの、ミウ」
「何」
「言いそびれていたけど。その……」
「……何。早く言えば」
「……僕にまた会いたいと言ってくれたこと、嬉しかったよ」
「……ああ、そう」
ミウの声音が微妙に揺れた。
「だって、突然いなくなられたら、ビックリするでしょ」
「うん。心配かけてごめんね」
「……別に、私は構わない。カオルが無事だったんだから」
「ありがとう」
「……どういたしまして」
「おやすみ」
「うん」
僕はムスペルの灯りを消した。
居場所があるというのはとても良いことだ。僕は暗闇の中で一人でにまにました。僕が死んでもどうせ涙の一つも流さなかったであろうあちらの人々とは違って、こちらの人との交流はとても楽しいと感じた。誰も彼も僕のことを普通に受け入れてくれる。居心地が良い。
部屋の中は格別に暖かかった。
これから我が身がどうなるのかはまだまだ五里霧中だけれど、きっと何とかなる。僕は体が丈夫な上に、頼れる友達がいるのだから。
めまぐるしい一日を終えた僕は、安心し切って眠りについた。
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