Side-Homeworld
第33話 行ってしまった
──必ずすぐに戻るから。
かつての凪もすぐに戻ると言った。アイツは信用ならない。
馨の言葉は信用してあげたいけれど、でも、期待してまた裏切られたら……。
「ま、いいか。いずれ戻ってくれるでしょう」
由枝には我が子に負けず劣らず楽観的なところがあった。
凪と違って、あの子には何の責任も無いわけだし。好きに幸せに生きてくれればそれで充分だ。
凪は……変な奴だった。アイツのことをよく分かっているつもりだったけれど、何一つ分かっていなかった。異世界の神だなんて、アイツは自分からは一言も言ってくれなかったし。言われたところで絶対に信じないけれど。
今だって信じがたい気持ちだ。死んだ子どもが生き返った奇跡を目の当たりにしてからは、何もかもがどうでもよくなって全てまるっと飲み込んでしまったが、それにしたって突拍子もない話だ。未だに意味が分からない。本当に全くもって分からない。アタシは一体何に巻き込まれてしまったんだ。空恐ろしい気持ちさえする。
それにしても、馨からのメッセージを信じておいて本当に良かった。明け方にあのメッセージを見た時は、この世にこれほど悪質な冗談があっていいのかと、怒りを抑えきれなかった。こんなに怒ったことは生まれて初めてだと思えるくらいに、はらわたがマグマの如く煮えくりかえっていた。でも、スマホの向こうの相手が我が家秘伝の料理の話をしてからは……一縷の望みに、縋りたい気持ちになったのだ。
由枝のモットーは「やるかどうか迷ったらとりあえずやってみること」。どうせ忌引きも兼ねて仕事は長い休みを取っていたし、何をしようが誰にも迷惑はかからない。だから、どうしようか迷うくらいなら、実際に指定の場所に行ってみるかというつもりになったのだ。もしこれが悪戯であったら、犯人をとっちめてやろうと思っていた。由枝は趣味で柔道をやっているので、相手が誰であろうと多少のダメージを与えられる自信はあったのだ。いや……多少では済まさない。罪に問われない程度に、ボッコボコに沈めてやろうと思っていた。それで、青筋を立てながら車をかっ飛ばして現場についてみたらば、みすぼらしい身なりをした我が子が、震えながら待っていた。
素直にびっくりした。
我が身もまた、恐れと感動とえもいわれぬ感情で打ち震えた。
生き返って異世界に召喚されて父親が神様で云々と聞かされて二度びっくりした。
だから……最初から最後まで冗談みたいな夢幻のような事態だったのだから、今、忽然と二人の姿が消えてしまったのも、何だか必然だと思えた。今日のことが全て夢だったかのような。でも、間違いなくあれは、馨と凪だった……。嘘じゃなかった。アタシの元に帰ってきていた。二人とも。笑顔で。
「あー、もー、訳分からんわー。ったく」
由枝はぼやくと、馨の部屋に上がって、仏壇をじっと見つめた。
写真の中の馨はどこか儚げに笑っている。
しばらくそれを見つめてから、由枝は、供花の水を取り替え、おまんじゅうをお供えし直した。
いや、我が子が死んでいないと分かったのだから、これらはもう必要がないわけだけれども……。
「あちら」での我が子の無事を祈るために、何かせずにはいられなかったのだった。
(どうか、もう二度とあの優しい子が、危ない目に遭いませんように……!)
──「第7章 親愛」おわり
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