第32話 子は鎹
「そうしたらそろそろあっちの世界に戻らないとね!」
ミカンを食べ終わったナギは朗らかに言った。
「え、もう?」
「ボクは急いでいるんだよ。早く宮殿に戻らなくてはいけないからね」
僕はとっても残念な心地がした。だってナギと僕がこうして母さんのもとに集うことなんていうことは、もう滅多にないだろうから。折角、和解したような雰囲気になったのに、このままサヨナラして再びバラバラになってしまうのは、大変惜しい。
「もう少し、ここに居られない? なんていうか、こう……三人でさ、仲良くできない……?」
ナギが目を丸くした。
「ええっ……キミがそうしたいのかい? カオル……」
「うん」
「参ったなァ」
ナギはサラサラの髪の毛をワシワシと掻いた。
「ボクには役目があるんだが……」
「大事なのは僕がどうしたいかなんでしょ? 自由に生きろってミウにも言われたし」
「ウヌオォン……そうだけどさ……だからって急に自由人になりすぎじゃありませんかねカオルさん……」
「そう? でも、きっとまぁ何とかなるよ! ね? 僕は仲直りして三人で過ごしてみたいんだ。こんな機会はもう無いもの」
僕は母さんの方を見やった。母さんはそっぽを向いて鼻を鳴らしたが、まんざらでもなさそうだった。良かった良かった。
「あ〜みんなに怒られる〜。アマネもミウもヒナコも怒るだろうな〜。あの子たちに怒られるのって、とっても怖いんだよなあ〜」
ナギはまだゴネている。しかし僕が
「父さん」
と言ってしばし見つめていると、
「……ま、いっか!」
とあっさり折れた。
「やったー! ねえどこか行きたいところある?」
「え、いや特に……ボクは何だかんだでこのあたりのことはよく知らないし」
「あのね、じゃあね、三人で電車に乗って海辺の公園に行こうよ。あそこのクレープ屋さんって、まだあるよね? 一度行って食べてみたかったんだ〜」
「そう……いいわよ、別に。凪アンタ金は?」
「アハハ、持ってるワケないでしょ〜。異世界から来たばかりなのにさ。知ってる? 異世界では通貨が違うんだよ」
チッと母さんは舌打ちをして、化粧を直しに洗面所へと消えた。
僕はワクワクを抑えきれずに小躍りしていた。
「カオル、キミは踊るのが好きなのかい」
「ん?」
「地下の国でも率先して踊っていたからさ」
「ああ……そうだったかも。うん。嫌いではないよ。地下の国では、何だか歌って踊らなくてはいけないような気持ちになっていたけれど……」
「ナンジャソリャ」
「ヒナコ様は人を踊らせるのが好きみたいなんだよ」
「何かソレ悪趣味な感じに聞こえるよ……」
僕たちはこぞって家を出て、駅まで歩いて電車に乗った。僕はずっとウキウキしていた。
潮風の匂いがする公園に辿り着き、僕たちは芝生の中を散歩した。異世界のことや神様のこと、母さんと父さんの思い出話など、他愛のない会話に花を咲かせた。二人は始めはギクシャクしていたものの、僕が積極的に話しかけることにより徐々に自然に話せるようになっていった。
お目当てのクレープ屋さんに着いたので、僕はチョコバナナクレープを注文した。ベンチに座ってかぶりつく。
柔らかい生地に口溶けのよいクリーム、バナナの風味、そしてほろ苦いチョコレートソース。甘くてふわふわ。至福の時間である。
「アンタはチョコ好きよねえ」
母さんは苺とバニラアイスのクレープを受け取りながら言った。
「うん。それに、カカオもバナナも、あちらにはないんだもの」
「あらまあ! そうなのね。可哀想に」
ナギは僕と同じチョコバナナクレープを頬張りながら、目を細めていた。
食べ終わってから、三人でホットコーヒーを飲んで一息つく。海辺の冷涼な空気にコーヒーの温度が染みた。
母さんはスマホで時間を確認して、「帰り道にスーパーに寄ろうか」と言った。
「晩御飯は何が良い? 久しぶりに肉でも焼く?」
そうだねえ、と僕が考え込む横で、ナギが口を挟んだ。
「待って待って、キミは晩御飯までこちらに居るつもりなのかい、カオル」
「なあに、父さん」
「何か文句でも?」
僕と母さんに詰め寄られて、ナギは小さくなった。
「ナンデモナイデス……」
「僕ね、カレーがいいな!」
「そんなものでいいの?」
「だって、ガラムマサラやターメリックはあちらにはないんだもの」
「なるほど。そうなのね。気の毒に」
母さんは僕の頭を撫でた。僕は照れ笑いをした。
帰りに野菜と肉と中辛のカレールウを買い出しに行った僕たちは、荷物をナギに持たせて、日が暮れる頃に無事に帰宅した。
「何でボクともあろうものが荷物持ちを……。いつもなら
ナギはブツクサ言っていた。
僕と母さんは手分けしてカレーライスを作った。ナギはおとなしく言うことを聞いて、皿を運んだりお茶を入れたりしていた。
食卓に三皿分のカレーライスが並ぶ。
懐かしい匂いがした。
僕はぺろりと平らげて、おかわりをした。
「馨、アンタいつになく沢山食べるわね」
「んー、友達の影響かも……ものすごく食べる子がいるんだよ」
ナギはというと、ゆっくりと噛み締めて食べているようだった。
「ボクもカレーはまあまあ好きだけど、あちらの気候では香辛料は育たないんだよねえ」
「作れるようにしてくれないの? ケチな神様だなあ」
「あのね、これはボクのせいばかりじゃないからね? キミ、こっちへ戻ってから口の利き方がどんどん崩れているよ」
「あれ、駄目だったの?」
「いや別にいいけどさあ」
そうこうしているうちにカレーもなくなり、僕たちはとうとうあちらの世界へ向かうことになった。
僕は母さんの手を握った。
「必ずすぐに戻るから」
「期待しとくわ」
「またね、ヨシエ」
「……ふん」
ナギは僕の腕を掴んだ。
「それじゃ、三つ数えたら飛ぶからね。準備はいい?」
「はい。……えっと、
「そうだよ。ボクが来た時もドアから入ったりしなかっただろう?」
「そうでした」
「それでは、さん、にい、いち」
バヒュンッ!!
周囲の景色が瞬く間に掻き消えた。
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