Side-Otherworld
第29話 我儘を言う神様
「いやいや……これで終わりじゃないからね!? ね、ミウ?」
無論ミウとて、こんな突然の別れは予期していなかった。これから一緒に地上を旅するものとばかり思っていたのだ。
「でも、その子はもう要らないんじゃないかしら?」
アマネがにこにこ笑いながらズバッと言い切り、デザートのオレンジを上品につまんだ。カノが食べやすいように皮を剥いて、一口大に切っておいたものだ。
「だって、ナギはもう地上に戻ってきたじゃないの! そのカオルって子の使命はもう終わったのよ。この世界に連れ戻す必要は一体どこにあるの?」
「そうだけどさぁ!」
ナギはいつになく必死に訴える。
「ボクの子どもがボクに何の挨拶もなくいきなりいなくなっちゃったんだよ。もう一度会いたいと思うのは普通じゃないか!」
「分からないわ。私には子どもがいないので。というか普通、神には子どもはいませんよ」
「うっ……」
「そもそも、ずうっと放ったらかしておいた落とし子に対して、今更父親ヅラするのはどうかと思うわ。一緒にいなかった期間の方がよほど長いでしょうに」
「ううっ……」
「異界の人間にたぶらかされたのか何だか知らないけれど、どうして異界に帰っていった人の子を、わざわざまた引きずり戻そうとするのかしら? またその子を故郷から引き剥がすつもり?」
「うううっ……うわー! それでもボクは諦めきれないんだー! 一緒に旅をしてきた子だもの。ボクを助けてくれた子だもの」
「そう? アナタを殺した子でもあるのよ」
「わーん! ミウ! アマネが容赦無いよう!」
泣きつかれて、ミウは微妙に仏頂面になりながら「落ち着いて下さい」と言った。「お気を確かに。泣いて暴れては最高神の威厳もヘッタクレもございませんよ」
「威厳なんて知らないもん。ボクは仕方なく創造神をやってるだけだもん」
「左様ですか……」
アマネは相変わらずにこにこしながら、二人ののやりとりを見守っている。
ミウたちはアマネ宅にお邪魔して、朝食をご馳走になったところだった。
丸太の壁に丸太の天井。暖炉ではムスペルの火が燃えていて、食べ残されたリゾットがふつふつと煮えている。その一番近くにはカノが言葉少なに座っている。朝日の淡い光はいつしか輝きを強め、アマネの朝焼け色の三つ編みを照らしていた。
「それよりもアナタは、一刻も早く宮殿に──世界の中心に戻った方がいいわよ」
アマネは言った。
「ヒナコの計らいで、アナタが復活するであろうことは世界中にニュースで伝わっている。全地上民がアナタの帰還を待っているわ。カオルを連れ戻そうと躍起になるよりは、早いとこアナタが復活したことを知らしめて、みんなを安心させたほうがよくってよ。急がないとヒナコは魔物なんか生み出したりしかねないし」
アマネの言い分は尤もだった。正しく、合理的で、無駄がない。しかも地上の民のことを思いやっている。
「ですが……」
ミウはしばし言葉に窮した。
「ええと……、ナギ様はカオルを探すのにさほど手間取らないと思うのですが」
「あらそうなの、ナギ?」
「うん、ボクはだいたいの位置を把握できるからね」
「あの……ですから、猶予は、ほんの少しで良いんです」
「まあ、そうなのね」
アマネは相変わらずにこにこしている。
「それならどうでもいいわ。その子が居ようと居まいと、私には関係無いし興味無いもの。ねえ、カノ?」
話を振られて、カノはおどおどと視線を左右させた。
「……ええと……」
「なあに?」
「この世界にとって、確かにカオルさんはもう必要ないです。あの人の役目はもう終わりです」
こちらもズバリと言い切る。
「ただカオルさんは半分人間なので……自由な生き物にとっては、使命を果たすかどうかより、どう生きたいかが重要だと思われます」
カノは寒そうに襟元を正した。
「皆さんは、カオルさんを連れ戻すかどうかを話し合っておられますが……こちらへ再び来たいのかどうか、カオルさんに直接聞いてみるというのはどうでしょうか……」
アマネは黄金色のつぶらな目をゆっくりとぱちぱちさせた。長い睫毛が揺れる。
「アナタってたまにすごく核心を突いたことを言うわね、カノ」
「お、恐れ入ります」
「そうね、私たちはその子の意志の存在を考慮に入れていなかったわねえ……」
アマネが呟くのを聞きながら、ミウは密かに恥じ入っていた。
カノの言う通りだ。カオルに「自由に生きろ」と言ったのは他ならぬミウ自身である。それを忘れるとは何たる不覚、そして傲慢か。
でも……カオルの意志? あの子はもう一度、こちらに来たいと願うだろうか。せっかく元の世界に帰れた、という点では、アマネの言葉が当たっているのだ。今カオルは、生きるか死ぬかの瀬戸際にはいないのだ。選択の自由を持っている。強制的にこちらに召喚されたあの時とはわけが違う。
そう、ミウは、できることならばカオルに戻ってきて欲しいと思っている。カオルがこちらへ戻らないという選択をすることを、密かに恐れている。カオルには戻る理由があまり無いことも承知しているから、なおのことそうだ。
あちらとこちら、カオルは一体どちらで生きたいと思っているのだろうか。あの子の判断に口を出す権利はミウには無い。でも言わずにはいられなかった。
「自由に生きて欲しいという思いに変わりはありません。ただ、このままではちょっぴり寂しいと思うのも事実です」
「そうだよ!」
ナギも言った。
「それに、ちょっと顔を見に行くくらいは罪にはならないでしょ? ちゃちゃっとカオルの意見を聞いてくるよ。終わったらすぐに宮殿に向かうから!」
ですから、とアマネはお茶を啜った。
「私は興味無いですから、お好きにどうぞ」
──「第6章 帰還」おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます