Side-Overground

第20話 今後の計画

「──ってなわけで以上がミウからの報告だ! 教えてやった俺に感謝しろよ」


 空の欠片の向こうのスミノは得意満面だった。ニレイは珍しく口をポカンと開けていた。


「カオルがナギ様の御子だと?」

「そうだ!」

「そのようなことは聞いてないぞ」

「そうだと思ったぜ!」

「道理で奴は、ちっとも怪我をしなかったわけだ……」


 ニレイは額に手を当てた。

 ヒナコはこのことを知っていたのだろうか。だとしたら何故教えてくれなかったのか──いや、ヒナコの理不尽は今に始まったことではない。考えたところで無駄だ。


「それで、私は東の果てへ向かえばいいのだな」

「ああ。こっちに戻るにはアマネ様のお力をお借りしろと、ミョルニルが言ってる! こいつはまあ、予想通りだったな」

「そうだな。日没とともに地下へ行けるということならば、日の出と共に地上へ来るというのは、一応理屈に適っている」

「生まれる直前でもない人間が、地下から地上に来るってのが、そもそも理屈に合わねえけど」

「カオルには常識は通用せん。……奴はともかく、ナギ様はどうされるのだ」

「それがなー」


 スミノは困り顔で頭を掻いた。


「移動する直前に、逆・黄泉竈食よもつへぐいをしろって言うんだ」

「逆? ……なるほど、地上のものを食えということか」


 生きているうちに地下のものを食べれば死の国に引っ張られる。逆もまた然りか。


「だがよー、どうやってこっちの食いもんを地下に送るんだ?」

「ヒナコ様に頼んでみるか」


「それには及ばないわ」

 と割って入った声がある。


「おお? そのお声はトコヨ様でいらっしゃいますか」

「そうよ」

「これはこれは、ご無沙汰しております」

「久しぶりねえ」

「ニレイ、お前、まだ西の果てにいたのかよ」

「ブラズニルは夜は動けないからな。今出発しようとしていたところだが……トコヨ様、一体どういうことでしょうか」


 トコヨはにっこりと笑った。長い癖っ毛がゆらりと揺れる。


「私の作ったミスティルは、小さなものなら異世界間を通せるのよ」


 ニレイはやや目を見張った。


「何と」

「だからね、東の果てに着いたら、カオルちゃんにミスティルを使うようにお願いしてみて? ちょっとミスティルを握りしめるだけで、お皿一つ分くらいは送れるはずよ」

「ありがとう存じます。……だそうだ、スミノ。ミウに伝えてやってくれ」

「オーケー」


 スミノはにっと笑った。


「……私はこれからヒナコ様のもとに向かって、ナギ様をお待ちする。貴様も来るか」

「お、いいのか?」

「途中で拾ってやってもいい」

「じゃ、頼むわー」

「了解。では」


 ニレイは交信を切った。


「それではこれにておいとま致します、トコヨ様。お世話になりました」

「いいのよぉ。さ、ヤマトちゃん、ニレイちゃんを海辺まで見送ってやって頂戴な」


 ヤマトは一瞬凍りついたが、ずり落ちた眼鏡を直して一礼した。


「御意」

「じゃあニレイちゃん、またね〜」

「失礼します」


 ニレイとヤマトは岩場を歩き出した。


「……遺憾千万」

「言わんでも分かっている。ところで貴様の連絡先を取得してもいいか」

「……不承不承」


 ヤマトは本当に渋々といった様子で空の欠片を取り出した。

 二人の神器がカチンと触れ合う。


「これでよし。またカオルに何かあったら貴様に発信する」


 ヤマトは頷く。まだ不満そうに眉間に皺を寄せていた。莫迦正直な野郎だなと、ニレイは不快に感じるよりもむしろ感心してしまった。


「では失礼する。貴様は別に海まで来なくても構わん」

「否!」


 ヤマトは急に大声を出したので、ニレイは顔をしかめた。


「何だ、いきなり」

「俺はトコヨ様の仰った通り海辺まで行く!」

「いや、もうここでブラズニルを展開できるから……」

「やめろ、海で出せ!」

「何でだ。面倒臭いだろうが」

「トコヨ様のご命令を面倒と言うか! 失礼至極!」

「そんなことは言っておらんだろうが! 融通の利かん奴だな」

「知るか。何としても海まで歩けーっ」

「やかましいぞこの能無しが」

「歩け! 歩け!」


 結局ニレイは海辺まで歩かされた。怒る気も失せたニレイは、哀れみを込めてヤマトを見た。


「貴様、本当にそれでいいのか」

「いい!」

「……もう知らん。この莫迦タレが。さよなら」


 ニレイはわざと風を巻き起こしながらブラズニルを展開し、ヤマトを吹っ飛ばした。そして、岩場をコロコロと転がるヤマトを尻目に、悠々と乗船したのだった。


 いざ、ヒナコのもとへ。

 宮殿のある、世界の中心へ。


          ──「第4章 地下」おわり

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