第19話 生まれながらに自由



 もさもさ……もさ。


 僕は苦労して霞飴を食べ切った。


「ごちそうさまでしたー」


 飴についていた棒は、ご丁寧にも魔物が回収してくれた。僕は「ありがとー」と言うと、通りに走り出た。


「……何してるの、カオル」

 ミウが平坦な声で尋ねた。

「阿波踊りしてるの」

「何で急にアワオドリなんて始めたの」

「だって楽しいから。ミウは踊らないの?」

「踊りません。ちょっとあなた、浄化されるのが早いね。普通は五十年かけてゆっくりやるものなのに」

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。アードッコイショードッコイショ」

「駄目だこの子……早くしないと使命のこと忘れそう」

「あはは。まさか」


 僕は手をひらひらさせた。


「ナギ様を地上に連れて行くんでしょ? 忘れるわけないよ。僕は絶対に使命を成功させなくちゃいけないんだ」

「え? ああ、うん」

「でもねー、何か大切なことを忘れている気がするんだ。地上にいた時から」

「何それ」

「何だろう」

「……ひとまず動き回るのをやめて、ちょっとついてきて」


 そう言われたので、僕は大人しく踊るのをやめて、ミウの後を追った。


 町の中に、白い屋根の丸い建物がある。入り口は白い布で閉ざされていて、二足歩行の魔物が頻繁に出入りしている。僕たちもその建物内に足を踏み入れた。


 そこには布団が敷き詰められていて、幾人もの赤ん坊が寝かされていた。みんな同じ、安らかな顔をしている。


「ここは……?」

「この国へ来て五十年ほど経つと、みんなああなる。……あれを見て」


 ミウが指差した先で、一人の赤ん坊が全身から光を放った。その光がソーダ泡のようにして弱まっていく様子には見覚えがあった。やがて光が完全に消え、あとにはぴくりとも動かない赤ん坊の体が残された。

 魔物が赤ん坊を運んでゆく。


「人の魂は、生まれる時と死ぬ時に、ああして大地を超えて世界間を行き来する。あの子の魂は今、地上のどこかの人間の命に宿った」

「体はこっちに残るんだね。僕がナギ様を踏んだ時とは様子が違うなあ」

「神や御使みつかいの肉体は、人間のそれとは違うから」

「ふーん」


 僕たちはしばらく、魔物たちが甲斐甲斐しく魂たちの面倒を見ているのを眺めた。液体を飲ませ、おしめを取り替え、泣く子をあやす。


「魔物さんは、どうして世話を焼いてくれるの?」

「そういう生き物だから。地上世界でいう家畜みたいなもの」

「何か……可哀想」

「そう思う?」


 ミウは建物内を見渡した。


「生まれたように有ることは、生き物の定め。自由に生きられるのは、人間くらいのもの」

「……ふーん」

「神も御使も、結局は、与えられた役割をこなすことしかできない。それ以外の選択肢が無い」

「そうなの?」

「うん」

「ミウは……」

「私はナギ様の御使としての役割を果たしているだけ」


 ミウは床にすとんと座り込んだ。


「私が何故死んだか知ってる?」

「それは、ニレイが」

「そう。『神々の黄昏』の終結の間際」


 七十年前、ミウはナギの命を受けて、ニレイの元へ向かっていた。ニレイはヒナコの命を受けて、新兵器「フロッティー」を携えて待っていた。


「初めまして。私はナギの御使ミウ。ヒナコ様のお創りになった兵器を破壊するために来た」

「私はヒナコ様の御使ニレイだ。私はただ、敵を討つのみ」

「でしょうね」

「悪く思うな」


 宇宙樹の力によってムスペルと強力に繋がったフロッティーが、火山爆発もかくやのいうほどの火を吹いた。ミウはすかさず手持ちの神器「グレイプニル」を投げて兵器の力を封印、しかし自分の身まで守ることはできず、顔の右半分を吹き飛ばされて絶命した。この新兵器には、御使をも死に至らしめる力があったのだ。ミウの怪我は死後の体にも残ってしまった。故にミウは眼帯で目とその周りを隠している。


「これがグレイプニル」

 ミウは僕に、長いロープ状のものを出して見せてくれた。

「縛ったものの力を封印できる。強い力で封じれば対象を破壊することも可能。これの力の方が新兵器よりも僅かに上だったから、兵器は破壊できた」

「そんなことが……」

「私たち御使は使命とあらば殺しあうこともある。そういう生き物」

「じゃあ、神は?」


 神は結構、自由奔放に振る舞っているイメージがあった。喧嘩して戦争したのだって、好き勝手にやったからではないの?

 そう聞くと、ミウは遠い目をした。


「神々も結局、宇宙樹と空の珠が定めた運命の中にある。ナギ様とヒナコ様は対立する定めの中に生まれた。常に対立することで均衡を保っている──故に、戦争したとしても仲直りをするし、片方が本当に危ない時は片方が助けに入らねばならない。実際、あなたをここへ向かわせたのはヒナコ様でしょ?」

「……うん」

「私たちを狂わせるのは人間だけ。ナギ様が初めて恋をした相手も人間。人間はこの世界で唯一、自由な生き物」

「なるほど」

「あなたも運命に巻き込まれたとはいえ、人間。もっと自由に生きていいのに」


 思いがけないことを言われた。


「僕は比較的好きに生きてるかなぁ」

「そう? ならいいけど」


 ミウは立ち上がった。


「私は船に戻る。日が暮れたらスミノと交信するから、それまでに戻って」


 建物を出て行くフリフリのスカート姿を、僕は不思議な気持ちで眺めていた。


 ──全ての人間は生まれながらにして自由であり、……なんたらかんたら、どうたらこうたら。

 そんな言葉をどこかで読んだ気がした。多分、社会科の教科書とか、そんなのだ。

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