Side-Overground

第15話 揺るがぬ信仰心


「……」


 ニレイは青い顔で底なしの水溜りを見下ろしていた。


「大丈夫だろうか」

「大丈夫よぉ」


 トコヨは言った。


「宇宙樹と空の珠は、創世以前からあるでしょう? それに対して大地はナギちゃんが後から創ったもの。だから、宇宙樹の力を借りて空の珠を辿って行けば、大地は──生と死の境は、超えていけるのよ」

「そう、ですか……」

「さあこれで仕事は終わり。戻って晩御飯にしましょう。ごちそうするわ」

「かたじけのうございます」

「ヤマトちゃんがブリを釣って、大根と一緒に煮てくれたの」

「何と……!」


 トコヨはふんふんと歌いながら家へと戻ってゆく。少し遅れて御使みつかいの二人が続く。


「言語道断」ヤマトがボソッと言った。「トコヨ様の為されることを疑うとは……」

「む……それはすまなかったな」

 大丈夫だろうか、と発言したことを責めているのだとニレイは気づいた。

「疑ったわけではないのだが」

「傲岸不遜。軽佻浮薄。無知蒙昧。浅慮の極み」

 ニレイはややムッとして、ヤマトを横目で見た。

「……まあブリ大根に免じて聞き流してやろう」


 ところがヤマトは、食事中にもブツクサ言うのをやめない。


「無芸大食。無駄飯食らい」

 ニレイは味の染みた大根をごくんと飲み込んだ。

「何だ。文句があるならもっとハッキリ言え」

 ヤマトは残ったご飯をかきこむと、突然立ち上がった。

「トコヨ様を疑ったこと! 万死に値するゥ!」

 箸を振り回して喚く。ニレイは顔をしかめた。

「今度は急に何なんだ。私は疑っていないと言ったろうが。その耳は飾りか? それとも貴様の鼓膜には風穴でも空いているのか?」

「無礼千万。トコヨ様を疑うなど……万死に値するゥ!」

「は?」


 ニレイはちょっと本気でカチンと来た。少し待って息を整えてから、冷静に言い返す。


「同じことを何度も言わせるな。そして同じことを何度も言うな。どうやら脳味噌にまで大穴が空いているらしいな。気の毒なことだ」

「万死! 万死! 万死に値!」

「やかましい、この大うつけが」

「万死ィ!」


 ヤマトはそう叫ぶと怒涛の勢いで家から走り出た。しばらくすると窓の外から、「トコヨ様、バンザーイ」という雄叫びが風に乗って聞こえてきた。

 ニレイはすっかり呆れ返ってしまった。あそこまでの大莫迦者は、そうそうお目にかかれるものではない。


 それまで黙ってにこにこしていたトコヨが、ふふっと笑った。


「可愛いでしょう。あの子が居ると賑やかで飽きないのよね」

「……そうですか」


 返答に困ったニレイは、それだけ言った。


          ──「第3章 西へ」おわり

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