第13話 持つべきものは友


「てけてってって、てけてってって、てけてってってってっててててて……」

「何だ、その歌は」

「『おもちゃの兵隊の行進曲』といって、料理の時に歌う歌だよ」

「はん。愉快だな」

「これを歌うと三分で料理が出来上がるんだ」

「何? 本当か?」

「嘘だよ」

「貴様……!」

「よぉーし」


 豚バラ肉、白菜、謎のキノコを切って鍋に投入。醤油と塩で味付け。鍋で炊いた米をお椀に入れて、上から出来上がった汁をかける。以上。


「テッテレー、完成! 朝ごはんにうってつけ、我が家秘伝の、豚出汁茶漬け〜」

「う、旨いのか?」

「旨いよ〜。豚肉で出汁が取れるんだ。部位は豚バラ肉であることがポイントだからね」

「名前のままだな……。いただきます」


 はぐはぐはぐ。


「どう?」


 ニレイは無言で頷くと、食べることに集中し始めた。


「よかった〜」


 僕もはぐはぐとかき込んだ。ムスペルの火加減の調節にやや苦労したが、初めてにしては結構上手くいった。キノコが意外と良い仕事をしている。

 ごちそうさまをして、食後の麦茶を飲む。


「そういえばこの世界ではコーヒーを見かけないなぁ」

「何だ、それは」

「黒くて苦い飲み物だよ」

「……う、旨いのか……?」

「うん。いい匂いがするし、牛乳や砂糖を入れても美味しいの」

「紅茶に似た飲み方だな」

「そうかも。ちょっと待ってね」


 僕は麦茶を入れ直すと、同じコップに牛乳を注いだ。


「なっ! 貴様、何をしている! 飲み物を粗末にするな、莫迦者が。ああ、もったいないことを」

「麦茶と牛乳を七対三の割合で混ぜると、コーヒーの味に近くなるんだ」

「ほっ……本当か?」


 ニレイは疑わしげに、恐る恐るコップに口をつけた。


「……まあまあだな……」

「本物はもっと香ばしいんだけどね。麦茶の麦を少し焦がしめにすると良くなるかも」

「ふむ……まあ、思ったほど悪くはない」


 ニレイは二口目を飲んだ。


「どうも、僕の故郷の国で採れないものは、この世界でも採れないみたいだね」

「は……?」

「何でだろ?」


 小麦や米や蕎麦や大豆はある。牛乳やトマトや白菜まで。

 コーヒーはない。バナナも未だ見かけない。ゴム製品も使われていない。植物もそうだし、動物もどうやら、故郷に生息していないものは居ないようだ。ナマケモノとか。


「うーん」


 考え込む僕を、ニレイは不思議そうに見やった。そして唐突に話題を変えた。


「明日には貴様と別れることになるな」

 僕は一瞬キョトンとしてから、頷いた。

「そうだね。お世話になりました」

「礼は要らん」

「え? どうして?」

「私は、ヒナコ様に言われた通りにしただけだ」

「でもニレイは、とっても親切だったよ」

「……」

「僕なんかに親切にしてくれて嬉しかったよ」

「『なんか』は余計だ」


 ニレイは何故か怒ったように言った。


「え? でも僕はいきなりやって来て神様を踏み潰したんだよ。その上、何の役にも立たない奴だし。ご飯を食べるばっかりで。ニレイにとっては迷惑だったでしょ」

「そんなことはない」

「ん?」

「何故そのようなことを言う。少なくとも私は……」

「何?」

「……楽しかったと思っている」


 ニレイがコップを握りしめて、目を合わせずに言ったので、僕は面食らった。

 僕といて楽しかった? そんなことって、ある?


「何だ、その目は」

「え、だって」

「だってもクソもあるか。私が、友人との別れを惜しいと思わんとでも?」


 友人?

 僕は更に仰天した。


「僕と友達になってくれるの?」

「何だ。そう思っていたのは私だけか?」


 今度は図らずも真摯に見つめられて、僕は狼狽えた。


「そ、そうじゃなくて。僕なんかと友達になってくれる人がいるとは思わなかったから」

「だから、『なんか』は余計だと言っている。何だ、自分を卑下するのが趣味なのか」

「ちっ、違うよ。趣味ではないよ……。ただ僕は……自分のことゴミだと思っていたから……驚いちゃって」

「は? 貴様は私を愚弄するつもりか」

「えっ」

「私がゴミなどと友誼を交わすわけがなかろう」

「……!」

「もっと自分に自信を持ったらどうだ、カオル」


 さぁっと太陽の光が差した。

 快速で海上を飛ぶ船が、雲の下から抜け出したのだ。


「ありがとう、ニレイ」


 僕は言った。


「僕……僕、生きてて良かったぁ……」


 わーっと涙が溢れ出したので、ニレイは焦って立ち上がった。


「泣くな、この程度で」

「この程度なんかじゃないよぉ。今がまさに人生の一大転換期だよぉ」

「そ、そうなのか!?」

「そうだよぉ。ウワァン」

「落ち着け、わ、私はどうすればいいんだ」


 ニレイがおろおろしたので、僕は泣きながら笑った。


「あのね……これからも友達でいてくれる?」

「大丈夫だ、そうするから。だから泣きやめ。な?」

「うん……泣きやむ……」


 僕はニレイが差し出したタオルで涙を拭った。


 船は変わらぬ速度で、大海原を往く。

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