第12話 神々の傍迷惑な喧嘩


 世界の西には海が広がっているという。


 そこから汽車で運ばれたという海産物が美味しい。


 ニフルの冷気で冷やしながら運ぶから、鮮度も落ちない。


 西の果てに近づくにつれ、僕たちは、サバの味噌煮を食べ、サンマの塩焼きを食べ、カツオの叩きを食べた。


「うまー」

「ナギ様の恵みに感謝だ」

「お魚たちの命にも感謝!」


 そしてブラズニルはぐんぐん進み、僕たちはついに海沿いの町に出た。

 コバルトブルーの海が眩しい。


「海だーっ。やったあ」


 城壁は腕に向かって開けており、町の人はそこから漁に出るようだ。


「今更だけどさ。何で全ての街に城壁がめぐらされているの?」

「……。昔、戦争が起きたのでな」

「あっなるほど。防衛のためなんだね」


 僕たちは潮の香りがする道を海に向かって歩いていた。


「他にも、治安を守る目的がある。毎度、身分をあらためられるだろう」

御使みつかいなら、どんな場所でも大丈夫なんだね」

「……一昔前は、ヒナコ様の御使は出入り禁止だったがな」

「えっ、どうして」

「百年ほど前、ヒナコ様はナギ様は喧嘩をされてな」

「喧嘩……?」


 それはこういう話だった。


 ナギの力によって地下世界に閉じ込められていたヒナコは、ある時地上世界に出てゆく力に目覚めた。

 そうして創世以来初めて地上に顕現したヒナコは、ひとまずその辺に実っていたヤマブドウを口に入れてから、長年溜め込んでいた鬱憤を晴らすべくナギの元へ向かった。


「こらナギ。よくもこの私を、こんなにも永い間、地下に閉じ込めてくれましたね」

「うわっ、ヒナコだ。やだやだ、あっちいけ!」

「嫌です。酷いじゃありませんか。私にだけ特例を設けて、生きながら死の国に居させるだなんて。あなたは大地の創造からやり直しなさい」

「無理無理無理無理ィ。だってさぁー、キミの創る命って、できそこないの魔物ばっかりじゃないかぁ! そんなものが野に放たれたら、ボクの創った命が危ないよ!」

「失礼な。できそこないなどではありません。これでも食らえ」


 ヒナコは黒光りする妙な虫を創り出してナギを襲わせた。これがGの誕生の由来である。


「ギョエァァァ! キモッ! オエッ、キッモッ!! もう、やだあー! ボクこういうの嫌いだから、あえて創らないでおいたのにィー。これだからキミって奴は……」

「ざまあみさらせ、です」

「やっぱりキミとボクの世界は、大地によって分けておくべきなんだ。もうやだよ、あっちへ行けったら!」

「そうですか、では」

「えっ、えっ、どこへ行く気だい」

「これからあなたの世界を荒らして参ります」

「わーっ! やーめーてー!」


 そうして戦争が起きたとさ。この戦争を「神々の黄昏」という。


「おやまあ。傍迷惑な神様たちだなぁ」

 僕は正直に言ったが、ニレイは怒らなかった。一つ溜息を吐くと、言葉を続けた。

「私も戦争を手伝うことになってな。地上を破壊するのは気が進まなかったよ。私たちはヒナコ様の御使でありながら、地上に留まって過ごしていたものだから」

「……」

「ま、そんなわけで私たちはしばらく、人々の厄介者だったわけだ」

「そっか。大変なんだね」

「だが、それも七十年前に、神々が和解したことで終わりになった。最近まではヒナコ様も大人しく地下を治めておられたよ。……さて」


 ニレイは海鮮丼屋の前で足を止めた。


「暗い話は飯時に相応しくない。ここでマグロの漬け丼でも食おう」

「ワーイやったあ」


 美味しい海鮮丼でお腹がいっぱいになった僕たちは、海上の旅に向けて準備を開始した。


「海上には飯を食える町などないからな。丸一日降りられん」


 そう言ってニレイは米屋からわんさと米を買い込んだ。米騒動でも起きるのではないかと僕は心配した。因みにニレイの資金源は税金であるというから、本当にこの世界の人々にはご苦労様な話だ。

 ニレイは米俵を三つも抱えて歩いてゆく。僕は一つだけ持ってその後に続く。お店の人も俵を持ってついてくる。こうして無事、全ての食糧をブラズニルに積み込んだ。


「御使ってみんなそんなに力持ちなの?」

「さあ? 知らんな。興味も無い」

「というか、絶対こんなに要らないって。いくらなんでも多すぎるよ!」

「足りなくなったら困るではないか。トコヨ様のもとに何日お邪魔するかも分からんのだぞ」

「西の果てに町は無いの?」

「無い」

「それは難儀だなあ」


 翌朝、町を出る時、珍しくニレイは名残惜しそうにしていた。


「どうしたの?」

「旨い飯に別れを告げている」


 そうか。あんなにご飯を買い込んだのに……。そういえばブラズニルにはキッチンがあるけれど、ニレイは今まで一切料理をしてこなかったな。


「宇宙樹の使い方を教えてくれたら、僕が料理をしてあげるよ」


 そう言うと、ニレイが勢いよく振り向いた。心なしか瞳が輝いている。僕は急いで付け足した。


「と言っても僕は、家で母さんの代わりに作ってただけだから! 腕前の方は、期待しすぎないでね」

「充分だ……! 食えるものを作ってもらえるだけ、ありがたい」

「あ、そう……」


 何が作れるだろうかと、僕はニレイが買ってきた食料品を確かめた。出汁を取れるものが入っていないというオチを予想していたが、籠にはしっかりと昆布が詰め込まれている。食への知識だけはあるらしい。流石である。


「これで安心して飛び立てる」


 ニレイはすっかり元気を取り戻し、後顧の憂いも無く町を後にしたのだった。

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