Side-Underground

第10話 信じ難い事実


「うるさいのが増えた……」


 ミウは眉間に皺を寄せた。

 かつての同僚スミノが、ニカニカと笑って手を振っている。


「はい、こちらミウ。ナギ様のご様子を伺いたいの、スミノ?」

「もちろんだ。だが、それだけじゃねえぜ!」


 スミノは得意げだった。


「こいつらが、ナギ様を地上に連れて帰ってくれるらしいんだ!」


 珠の中に映し出されたのは、ミウを殺した御使みつかいニレイと、その後ろで縮こまっている栗色の毛をした子どもだった。


「ああ、ニレイ……。久しぶり」

「久しいな。息災と聞いて驚いている」

「私もこうなるとは思ってなかったよ。……兵器は無事に、生産終了したみたいだね」

「お陰様でな」


 ミウは、よく分かっていない様子でキョトキョトしている子どもを見た。


「その子はひょっとして、ナギ様の……」

「ああ、異世界人だ。カオルという」

「こ、こんにちは」


 カオルは遠慮がちに挨拶した。


「こんにちは。ナギ様を地下から地上へお連れしてくれるって、本当?」

「そうしたいと思ってます。やり方は分からないけど……」

「助かる。早く連れて帰って欲しい」


 ミウは後ろを見やった。

 ナギはまたしても駄々をこねて「ウギェェェン」と泣いていた。お腹が空いているのだ。


「そのお声はナギ様か?」ニレイが問う。「相変わらずのようだな」

「これ、何なの。正直、うるさい。地上にいた頃は、こんなに酷くなかった。もう少し大人しかった気がする」

「よく知らんが、失恋のせいじゃないのか? ……どうなんだ、スミノ」

「うーん、どれどれ?」


 スミノがこちらをずずいっと覗き込んだ。


「御病気の発作が長引いていらっしゃるなあ。そのうち鬱状態になって、塞ぎ込むようになると思うぜ」

「それはそれで、お気の毒」


 ミウは嘆息した。全く、このような尊い方を袖にするとは、一体どのような御仁なのか。本人に会って問い詰めたいところだ。


「ってなわけで、そのうちこいつらはそっち行くから。トコヨ様に方法をお伺いしてくる」

「ああ、待って。ニレイはこちらへは来られないと思う」

「えっ」


 三人は同時に声を上げた。ミウは瞬いた。


「だって、死の国には死者しか来られないもの。常識でしょ」

「いや、我々は生きたまま行こうとしているんだ。ヒナコ様がお命じになられたのだから、可能だろう」

「あー、そういうこと……まあ、確かに生きてる……うん、生きてると言ってもいい……」


 ミウは少し考え込んだ。


「……正確には、半分死んでいれば大丈夫」

「どういうことだ?」

「カオルは、既に一度死んでるんだよ。知らなかった?」


 今度はカオルが目をぱちくりさせた。


「僕、やっぱり死んでたの?」

「車に轢かれたんでしょ? その時死んで、魂だけになってから、再び受肉してこちらへ来たの」

「ん、んんんー……?」

「まあ、詳しいことはナギ様に聞きなよ。とにかく来られるのは、カオルだけだから」

「……それでヒナコ様は、『途中まで案内しなさい』とおっしゃられたのか……」


 ニレイは納得した風だった。カオルは心配そうに顔を曇らせている。


「……ところでミウ。気になっていることがあるのだが。貴様は、どうやって魂を保存している?」

「ああ、そのこと」


 ニレイに尋ねられて、ミウはちらりと笑った。スミノは堪えきれず、早くも爆笑し始めていた。


「何? 何かおかしなことを言ったか」

「ううん。……あのね。ヒナコ様曰く、人間でない者なら、死んでも魂の記憶を保持できるんだって。黄泉竈食よもつへぐいを、しなければね」


 ニレイは首を傾げた。しばらくして意味を悟ったのか、ポカンと口を開けた。いつも真面目くさった顔をしているニレイのその表情が面白くて、ミウも吹き出した。


「あは。あははは」

「ギャハハハハ! ニレイにとっちゃ信じらんねぇだろうな! そうだぜ、こいつは七十年間、ものを食ってねぇんだ。一切! 何も! 一口も!」

「な……んだと……? 莫迦な……」

「そう、そうなの。ナギ様もまだ何も食べてないよ。だからまだ、ご無事……ふふっ、ニレイ、その顔やめて」


 それからミウとスミノは笑い転げた。ボーッと突っ立っていたカオルまで笑い出した。ニレイは顔を赤く染めて、スミノとカオルに蹴りかかっていた。


          ──「第2章 都会」おわり

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