第9話 ノンビリした生き物
「これは思ったより大変な使命だなぁ」
僕は言った。
ところで、僕の座右の銘は「まぁなんとかなる」である。
もちろんナギを連れ戻す使命は必ず果たしたい所存だけれど、慌てたところで何か解決するわけでもない。僕は慌てることの少ない、ノホホンとした人間なのだ。急がば回れ。果報は寝て待て。待てば甘露の日和あり。ノンビリ万歳。スローライフ万歳。ヤッホー、ヨーロレイヒ。
だから僕は何をするでもなく、相変わらず紅茶を飲んでいた。ああ、お茶には心を落ち着かせる効果があるということをしみじみと感じるよ。カテキンだっけ? テアニンだっけ? なんかそんな感じの成分……。
僕がほっこりしている横で、ニレイとスミノが話を進めていく。
「どうにかしてトコヨ様に連絡を入れるぞ。スミノ、トコヨ様の
「どいつもこいつも連絡先知らねえ。でも、メッセージを西の果てに送っとくことなら、できるぜ」
「そうか。頼む」
「オーケーミョルニル、今から言う伝言をトコヨ様の御使に届けろ。えー、ゴホン。『やほー、俺はナギ様の御使スミノ。お前に伝言があるからよーく聞け。いいか? ヒナコ様の御使ニレイが、異世界人カオルを連れて、トコヨ様のもとへ伺うらしいぜ。奴ら、死の国に行きたいくせに死にたくないとかほざいてやがるから、手助けしてやってくれ。あ、因みにこれはナギ様救出に関わる重要な任務だから、そこんとこヨロシク!! じゃあな』以上だ」
「もう少しマシな言い方ができんのか」
「言ってやっただけ感謝しやがれ。ところでカオルよ」
急に話しかけられた僕は、多分そこそこ阿呆な顔をしていたと思う。
「ほぇ?」
「お前、好きな動物は何だ?」
「え? 動物?」
「幻を作る。何でもいいから何か言え」
「んー……スローロリス」
「……すまんが異世界にしかいねえやつはやめてくれ。俺が分からん」
「そんなことを言われても、この世界に何がいるのか僕には分からないんだよなあ……。じゃあ、ナマケモノ」
「はあ? 違う違う、動物は動物でもただのダメ人間なんか出したって、ちっとも面白くねーだろがい」
「ナマケモノはダメな生き物なんかじゃないよぉ! 立派に生きているよ。ノンビリしているのは生存戦略なんだからね! 僕は憧れているんだ、ノンビリとした生活に……スローロリスだってそうなんだ……」
「よく分からんが却下」
「えーじゃあ、カメ」
「カメ……カメな。まあいいか。ほいさー」
スミノがミョルニルを叩いたが、特に何も起こらない。
「カメは出てこないの?」
「ん? ああ、カメならトコヨ様の御使の誰ぞの所に行って、伝言を喋ってるだろうな」
「なあんだ」
僕が幻のカメを見られるわけじゃなかったのか。残念。
「僕、カメが喋るところ、聞きたかったよ」
「またの機会にな。あと、ニレイ」
「何だ」
「俺は、死の国に住んでる奴の連絡先なら知ってるぜ」
「何だと!?」
ニレイは色めき立ち、スミノはふんぞり返った。
「忘れたか。俺と同じくナギ様に仕える御使で、死んだ奴がいたろ。御使の中で、史上で唯一、死の国へ行った者」
「……忘れるものか。彼女は私が殺した」
待て待て待て。いきなりとんでもない設定が飛び出て来たよ。何それ? 何その情報? そんな確執が御使たちの間にはあったのか。ニレイもまた、滅多に死なないはずの存在を殺していた? そういうのは早く言っておいてくれないと困るよ。御使と最高神じゃあ格が違うだろうけれど、それでも僕の気の持ちようってものが少しは変わるでしょう。分かるかなあ、そういう心の機微!
「しかし彼女が死んでから……ええと、七十年は過ぎている。今頃とっくにどこかで生まれ変わって……」
「お前、この二十年間で新しい御使が生まれたって噂を聞いたかよ?」
「いや……。まさか、彼女はまだ死の国にいるのか? 魂を保存したまま?」
「そのまさかだ。繋いでやるから、話してみるか?」
「……! うむ。是非そうしてくれ」
あまりにアッサリとしたやりとりに、僕は頭痛がしてきた。自分が殺した相手と通話するだって? 大丈夫? 恨めしや~って、呪われたり、取り憑かれたり、しない?
あ、いや、僕だって自分が殺した相手に会いに行こうとしているわけだけれども。
何だかなあ。常識がちっとも通用しないなあ。慣れるしかないのかなあ。これからはここで生きていくのだし、そのうち慣れるのだろうか……。
僕の心配など知る由もなく、スミノはパーカーのポケットからニレイのとそっくりな空の欠片を出した。
手のひらに乗せ、顔の高さまで持ち上げる。珠が光り出した。
ポーン、ポーン、ポーン。
あのビブラフォンのような音がまた鳴り出す。
やがて珠の中に現れたのは、藤色の髪を二つに縛っている、黒い眼帯をした女の子だった。
「オーッス、ミウ! 俺だ、俺俺!」
スミノは溌剌とした声で、オレオレ詐欺みたいな呼びかけ方をした。ミウと呼ばれた女の子は、微かに眉をひそめたように見えた。
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