第2章 都会

第6話 バケモン二人組

 

 着ていたトレンチコートの中にスマートフォンが入っていた。どうせ駄目だろうと思いつつ開いてみたら、ちゃんと起動した。試しに母さんにメッセージを送ってみる。


「僕は無事です」


 ところが何度試しても送信失敗になってしまう。当たり前だ、異世界とインターネットが通じているわけがない。このスマホはただ電池が尽きるのを待つだけのガラクタということだ。


 諦めて電源を切り、寝ることにした。


 明日は朝日のもとでしばらくブラズニルを走らせた後、どこかの町に降りて僕の服を買ってもらう予定になっていた。着の身着のままで異世界に放り込まれてしまったので、着替えが無いのである。そろそろ着替えないと気分が悪い。


 夜もぐっすり眠れた僕は、洗面をし、ニレイが買い込んでおいたパンを頬張って、出かける支度をした。


 船を降りた先には広い川があって、水は町の中に流れ込んでいる。木製の船が行き交い、城壁から出たり入ったりと忙しない。


 僕たちは例によって道路から町へ入った。門番に素性を明かし、中へ入れてもらう。


「ん?」


 僕は首を傾げた。

 これまで見てきた町より、明らかに整備が進んでいない。川岸のあちこちに石や瓦礫が散乱している。骨組みを残して崩れ落ちている建物や、泥に埋まっている家がある。

 まるで、町がめちゃくちゃに壊されて、復興している最中といったような有り様──。


「ここは三年前に洪水の災害があった場所だ。まだ復興が進んでいないらしい」

「洪水!」

「この町で買い物をすれば支援にもなるだろう。近くに服屋はあるだろうか」


 僕たちが川から離れて路地へ入ろうとすると、背後から声をかけられた。


「ちょっといいかい、お二人さん」

「ん? 何だ」


 振り返ると、小柄な男が立っていた。肌寒い気候なのに、タンクトップを着用している。


「怪我人がいてな。運ぶのを手伝って欲しいんだ。俺一人ではとても……」

「それは大事だな。協力しよう。怪我人はどこにいる?」

「こっちだ。そこの廃墟で瓦礫を撤去していたところなんだが……」


 言われるままに壊れた建物の裏についていくと、そこで複数の大柄な男に取り囲まれた。


「え?」


 タンクトップ男は走り去っていた。嵌められたのだと気づいた時には周囲にどんどんと詰め寄られ、逃げ場は無くなっていた。


「あわわ」


 僕は色を失ったが、ニレイは眉一つ動かさない。


「何だ、怪我人というのは嘘か」


 男たちはニヤニヤして近づいてくる。


「お嬢ちゃん、御使みつかいなんだってなぁ」

「そうだが」

「証拠はあるんだろうな?」

「これのことか?」


 ニレイが懐からあの透き通った珠を取り出した。

 途端にそれは引ったくられた。


「こいつぁ本物の御使だ! 連れて行け!」


 僕たちはワーッと屈強な男どもに押さえ込まれ、担ぎ上げられた。ニレイはあっけなくマントも奪われてしまった。


「ひえーっ」

「おい、寒いんだが」


 僕たちはワッショイワッショイと運ばれて、門のそばの船着場からうんと離れた、壊れた建物の中に連れ込まれた。


「よーし、そこに降ろせ! いや、落とせ!」


 大将格の男の命令で、僕とニレイは乱暴に床に転がされる。


「何の用だ、全く」


 ブツクサ言ったニレイを、男がいきなり蹴飛ばした。細い体はたちまち鞠のように吹っ飛んで、壁に打ち付けられる。


「ニレイ!」


 僕の心配を他所に、ニレイは何事も無かったかのように立ち上がると、頭を一つ振ってこう言った。


「何の用だと聞いたんだが」

「しらばっくれてんじゃねぇ」


 男が凄んだ。


「てめぇらの崇める神のせいで、この町は滅茶苦茶よ。憂さ晴らしくらいさせろってんだ」

「ああ、洪水では犠牲者も大勢出たからな。お悔やみ申し上げる」

「何だと!」


 男たちは壁際に歩み寄ってニレイをボコスカと殴り始めた。ところが、拳は確かに入っているのに、ニレイは平然としている。


「アニキ! こいつ、なんかウニョウニョしてて全然手応えが無いッス!」

「ウニョウニョとは何だ、失礼な」

「ほら全然効いてない!」

「ぐぬぅ……」


 アニキは悔しそうに顔を歪めると、今度は僕に向き直った。


「じゃあ連れのガキをやっちまえ!」

「お、おう!」


 男たちは羽交い締めにされた僕をボコスカと殴り始めた。ところが、拳は確かに入っているのに、僕もまた平然としている。


「アニキ! こいつはなんかフニャフニャしてて全然手応えが無いッス!」

「僕ってフニャフニャだったんだ」

「ほらやっぱり効いてない!」

「ぐぬぬぅ……! バケモンか、この二人は!」


 アニキは顔を真っ赤にした。


「もういい、殴るのはやめだ! マントを寄越せ。『空の欠片』の他にも、きっと大層な品を持っているに違いない」

「やめろ!」


 ニレイが初めて焦った様子を見せた。


「神器をここで使ってはならない!」


 ところが男たちは喜色を浮かべた。


「へへっ、見ろあの慌てようを。こいつぁマジだぜ」

「ざまぁみろ! お宝はゴッソリ貰ってやるぜ」


 彼らの注目が集まる中、アニキはマントの内ポケットに、毛むくじゃらの手を突っ込んだ。


 中から黒いがま口財布が出てきた。


「……何だこりゃ」


 中を開けると、小銭がわんさと入っている。


「チッ、はした金じゃねえか! 他には無いのか」


 アニキは財布を放り投げると、別のポケットを漁った。


 中からハンカチが出てきた。


「……何だこりゃ」

「やめろーっ。怪我をするぞ!」


 ニレイは叫ぶと、男たちの手を掻い潜って走り出した。


「へっ、どうやらこいつがお宝らしいな。どれどれ……『ブラズニル』って書いてあるな……」


 男たちが興味深そうにアニキに近づく。

 ニレイが駆け寄ってきて僕を突き飛ばす。

 アニキがハンカチを開く。


 ──ボゴォン!!

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