第4話 どっちつかずの異邦人

「ずっと気になってたんだけどさ……」


 かつての友人が僕に語りかけてくる。


「何?」


 僕は訊いたが、もう何が起こるのか悟っていた。

 何度もこの光景を夢に見たから。


「気を悪くしないでくれよ」

「うん」

「お前って、性別どっちなの?」


 ふう、と僕は暗い溜息を放つ。


「分かんない。生まれた時から、お医者さんにも、分からないって言われてる」

「そうだけど。お前としてはどっちがいいんだ?」

「決めたくないな」


 どちらかでなければいけないという風潮が嫌いだ。僕は僕で、それ以外の何者でもない。

 でも、周囲はそれを許さない。


「俺としてはさ」

「うん」

「その……周りの目が気になるわけよ。こないだも、お前らデキてんのかって」

「……」

「ソッチ系なの? って」


 思春期は──子供は、残酷だ。吐き気がするほどに。

 僕は、感情を殺して言った。「いいよ。もう迷惑はかけないよ」


 目の前の彼は、安堵したように肩を落とした。


「……すまん。お前のことが嫌いになったわけじゃないんだ」

「うん」

「すまん」

「謝らないで」

「……」

「もう分かったから」


 周りとの関係と天秤にかけた結果がこれなのだ。

 彼にとって、僕はその程度の友人だったのだ。

 それがよく分かった。


 彼がいなければ、僕は学校で孤立してしまう。他に友達もいない。どちらの性の友達を作ればいいかも分からない。

 それを承知の上で、彼は僕を切り捨てた。

 だからもう、何も言って欲しくなかった。


 こちらに背を向けて去っていく彼の制服姿を、僕は忘れることはないだろう。


 それから間もなくして、いじめが始まった。元友人の彼は、加担することはなかったが、助けてくれることもなかった。


「お前、何のために生まれてきたんだよ」

 いじめっ子の一人に吐かれた言葉が胸に刺さって抜けない。


 周囲に馴染めず、母さんのことも心配させるばかりで。友達も恋人もできない。何の役にも立たない奴だった。何の意味も無い存在だった。

 誰かの役に立ちたい。誰かに認められたい。正しいことをしたい。良い結果を生みたい。

 生まれてきて正解だったのだと思いたい……。


 コンコン、とノックの音がした。


「ふぁい」

「起きているか」


 ドア越しにニレイの声がする。


「むにゃ……今、起きたとこ」

「日が暮れてしまうから、もうじき町へ降りる。ブラズニルは日中でないと力を発揮できないのでな。適当なところで晩飯にするぞ」

「もう晩御飯なの」


 寝ぼけた声を出すと、ニレイの声が少し和らいだ。


「起こしてすまない。だが支度をしておけよ」

「はーい……」


 足音が遠ざかっていく。


 思えばニレイにも迷惑をかけっ放しだな。

 この世界にとっても僕はお荷物だ。偶然とはいえ、異世界からやってきて神様を踏み潰してしまうなんて、相変わらず厄介者でしかない。申し訳ない。

 ヒナコから言われたミッションを達成することで、せめてもの贖罪になれば良いのだけれど……。


 船が減速した様なので、僕は部屋を出てニレイと合流し、船外に出た。


 草原を抜け、畑を抜けて、道へ出ると、ブゥンと何かの鉄塊が走り去って行った。

 夕陽を受けてキラキラと輝く銀色のボディ。小太りでレトロな感じのフォルム。オレンジ色に光るライト。


「車だ」


 そうか、だから道が隈なく舗装されているのか……。


「あれも、宇宙樹の力で動かしているの?」

「そうだ」

「ふうん」


 それはとってもエコなことだなぁ。排気ガスも出ないし、発電の必要も無いんだものなあ。

 それから、自分が車にぶっとばされたことを思い出して、ブルッと身震いした。


 先ほどの車は門の前で停車し、門が開くと街の中へ消えた。僕たちも後からそれに続いた。

 最初の街より道幅が広く、立ち並ぶ店もどこか小綺麗だ。

 だが、中心に向かって進むにつれ、町が異様に浮き足立っていることが分かった。


 チラシがひっきりなしに撒かれ、人々はそれを奪い合うようにして読んでいる。


「号外! 号外! ナギ様、身罷みまかられる!」


 新聞売りだろうか、そう叫びながら通行人にチラシを片っ端から配る男がいた。ニレイはそれを一枚受け取ってサッと目を通すと、無言でカオルに押し付けてきた。

 タイトルにはデカデカとこう刷ってあった。


「創造神 事故死」


 紙面には、ナギが過失により死亡したこと、それに代わり本日よりヒナコが地上世界を一時的に治めること、などが記されていた。


「うへえ。大騒ぎだなぁ」

「前代未聞どころか、空前絶後の大事件だろうからな」

「この『地上世界』って、生の国のこと?」

「そうだ。死の国は地下世界とも言う」

「ふうん」

「……貴様は質問ばかりだな」

「……ごめん」

 僕はしょげた。

「ごめん……あまりニレイに迷惑はかけないようにする」


 そう言うと何故かニレイは慌てた。


「め、迷惑だなどと言ってはいない」

「そう?」

「それよりどうだ、パスタ屋なんてのは。そこに建ってるやつだ」

「パスタァ? ここには洋食まであるんだねぇ」

「ヨウショクとは何だ? 食い物か?」

「外国の食べ物のこと」

「外国? 死の国のことか」


 ニレイは顔を強張らせた。


「貴様は知らんようだが、死の国で作られた食べ物を、生きているうちに口にしてはならん。黄泉竈食よもつへぐいと言って、生の国へ帰れなくなる行為だ」


 僕は目をパチクリさせた。


「ふうん」

「そんな不吉な話題はやめて、とっとと飯を食うぞ」


 ニレイはその店で、トマト味とクリーム味とバジル味のパスタを頼んだ。僕はまた勝手に注文されなかったことに感謝しつつ、キノコパスタを一つ頼んだ。出されたキノコの正体が不明だったので若干後悔したが、食べてみたらなかなかに美味であった。

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