第3話 意外と快適な船内
さっさと町を後にして、僕たちは再び空飛ぶ船の上にいた。
今度は甲板ではなく船内に案内された。
「わお」
木目調で統一された、かなりモダンなデザインのリビングダイニングが、僕を待ち構えていた。ソファや飾り棚が品よく並べられている。見たところ、テレビやゲーム機、パソコンなどは無いようだったが……。
異世界というから、よほど価値観の違うナニモノかに遭遇するのかと思って、少々身構えていたのに、さっきから肩透かしを食らわされてばかりだ。これなら、生活のこまごましたことにいちいち戸惑うようなことはないはず……。
「まあ座れ」
ニレイは僕に椅子を勧めると、キッチンへと消えた。そして飲み物を注いだグラスを手に戻ってきて、僕の向かいの机にドサッと座った。
「麦茶だ。飲むといい」
「ああ、うん、ありがとう」
一口飲むと、びっくりするほど冷たかった。
「……ここには、冷蔵庫まであるんだねえ」
「レイゾーコ、とは?」
「あれ、違うの? このお茶はどうやって冷やしたの?」
「ウチュージュを使って」
何やら新しい単語が飛び出してきた。
「何それ」
「何だ、知らんのか。まあ、異世界の存在も知らなかったようだし、当然か」
ニレイは指先で机に「宇宙樹」と書いた。
「この宇宙には複数の世界があって、それぞれを宇宙樹が繋いでいる」
急に難しそうな話になった。ニレイは今度はマルを幾つか描き、その間を樹形図のような線で結んだ。
「貴様が落ちてきた場所にあった大樹がそれだ。世界の真ん中に位置している」
「ふうん?」
「あそこから木材が切り出されて、様々な目的で使用されている。その一つがこれだ」
ニレイは麦茶のグラスを指差した。
「これは木材で作られた箱の中に保存していた。箱は『ニフル』という氷の世界と繋がる力を持つ。その世界から冷気を取り入れて、食品の保存に活用している」
だんだんと話が見えてきた。
「ふむふむ」
「他にも、例えばそれ」
とニレイは今度は頭上を指差した。
「そこのカンテラの光源には、炎の世界『ムスペル』と繋がる木材が使用されている。他にも調理や湯沸かし、燃料など、ムスペルには多種多様な用途がある」
「なるほど。便利だね、宇宙樹って」
僕の世界で言う電気の役割を担っているというわけだ。
感心しきりの僕を、ニレイはふと真剣な眼差しで見た。
「恐らく貴様も、宇宙樹を介してこの世界に召喚された」
「え? そうなの?」
「貴様をここに召喚したのは、他でもない、貴様が踏み潰したナギ様だ」
「ん? どゆこと?」
僕は首を傾げ、ニレイに先を促した。
どうやら、近頃ナギは、生の国で傍若無人な統治を敷いており、死の国のヒナコにも多大な迷惑を及ぼしていたようだ。たまりかねたヒナコがナギを
ヒナコは、ナギにこう予言した。
「ナギ、このままではあなたは自滅しますよ」
これに対し、ナギは、力を暴走させた。
「やだよー! やだやだ! ヒナコなんかあっち行け!」
自らの力で空間を歪めて、異世界から強い力を持つ人間を召喚したナギは、次の瞬間その人間に踏み潰されて死の国行きとなった。
「ね? 言ったでしょう」
ヒナコは言った。
「──というわけだ」
「いやいやいや。いやいやいやいや」
僕は頭を抱えた。
「それ僕のせいじゃないよね。ナギ様が駄々をこねた挙句に、召喚に失敗しただけだよね」
「貴様が弱い異世界人であれば、死んだのは貴様の方だったはずだ」
「どっちにしろ理不尽だよ!? それに僕、別に強くなんかないし」
「あの高さから落ちて死なないのは、強いからではないのか?」
「確かに僕は昔から何故か怪我をしない体質だったけど……」
「それは妙だな。貴様は人間か?」
そう問われて、僕はピシッと石のように固まった。
──気持ち悪いな。お前ホントに人間かよ。
──人外だよ、人外。生物学的におかしいんだ。なあオイ。
──お前、何のために生まれてきたんだよ。
いじめっ子たちの声が蘇る。
……嫌なことを思い出した。
「……人間だよ」
小声で言う。
「ふむ、そうか。神か、もしくは
「へえ……。ニレイもその、御使ってやつなんだよね?」
「そうだ。神や、その家来である御使は、基本的には死なない」
「うん?」
「基本的には、な」
とても含みのある言い方をされた。つまり僕はとてつもなく例外的なことに巻き込まれたということだ。僕は机に突っ伏した。
「ウワーン。どうして僕がこんな目に……」
それからハッと顔を上げた。
「ねえ、これから死の国へ行ってナギ様に会うんでしょう? ナギ様に頼めば、僕は元の世界に帰れるのかな?」
「さあ? 知らん」
「故郷に残してきた母さんが心配だよ。僕がいなくなって悲しんでいるかも」
「ああ、そういうことか」
ニレイの声が少し同情を帯びた。
「神にお尋ねすれば、何がしか分かるかも知れんな。だがそれはまだ先のことだ」
ニレイはお茶を飲み干して立ち上がった。
「そこらでくつろいでいるがいい。そこのドアを出たら客室だから、……そうだな、三号室を自由に使え。私は用があるから失礼する。何かあったら二号室に来い」
「分かりました」
「では」
ニレイはブーツの踵を鳴らしてダイニングを後にした。
最初の頃より態度が随分と軟化したように思う。ご飯を食べてからのことだ。相変わらずの「貴様」呼ばわりではあるが……。
「ふわあ……」
一人にされたら、急に疲れが襲ってきた。少し休もう。
先ほど言われた通りに、三号室に向かう。
中へ入ると、綺麗に整えられたベッドがあったので、僕は靴も脱がずにバフッと倒れ込んだ。肌触りの良い上質な掛け布団。満腹感もあってか、僕はたちまち眠りに吸い込まれていった。
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