7-5 小鳥とスノードーム
そして、イツキとバッカスは再び火の鳥に対峙した。
火の鳥は目に見えて衰弱していた。心なしか体積が小さくなっている。
炎の羽がちりじりに散らばり、瞳の白い炎が消えそうに瞬く。
火の鳥の傍らに立つ店主に火の粉が降りかかり、ところどころ火傷している。
「ちょっと、何してるんスかっ?」
イツキが慌てて咎めると、店主は舌打ちをした。
「ああ、くそ。やり直しだ」
店主の言葉に合わせるようにごおおっと散らばった炎の羽が火の鳥に集光し始める。
やがて火の鳥は元の三メートルほどの大きさに復し、赤く輝く炎の身体が翼を広げた。火の鳥は悲しそうに鳴く。
店主が痛ましげに目を閉じて、火の鳥を諭す。
「もうこれ以上は無理だ。実体のない魂を実体のない身体から引き剥がすなんてことがどれだけ難しいか。この五十年であんたは散々味わってきたはずだ。
……あんたの痛みを消してやることは出来る。もう諦めろ」
火の鳥は嫌々と駄々をこねるように首を振った。
「お断りしますわ! 続けてください。この炎を私から引き離してください! もしそれが出来ないのなら、出来なくてもこの痛みは、憎しみは忘れません。これまでの私の苦しみをなかったことになどさせません!」
二人の会話で大体のことが分かった。
火の鳥は店主に自身の炎を取り除いてもらうように依頼したのだろう。
バッカスは痛みを堪えるように目を眇めて、火の鳥に近付いた。
熱さを消す魔法道具のマントを身につけてもいない。
爆ぜる火の粉がバッカスの顔に、肩に、腕に降りかかる。
火の鳥はバッカスを憎らしそうに睨んだ。
「なぜ戻って来たのです? 出て行ってと言ったはず! 私の前から消えて頂戴!」
バッカスはぐっと辛そうに立ち止まって、また歩き出す。
「……君の本当の気持ちを教えてくれ」
「気持ちっ⁉ なら言いましょうか⁉ あなたが死んでくれていたら良かったのに。そうしたらもう二度とあなたの顔を見ずに済んだのに!」
バッカスはあと三十センチで火の鳥に触れる距離に手を伸ばした。
火の鳥は驚いて飛び退る。
「っ……。どういうおつもりです⁉ なぜ私に近付くのですかっ? 私に触れれば、あなたはっ……」
「焼け死ぬ、と言いたいのかい?」
いっそ穏やかに愛おしそうにバッカスは火の鳥を見つめた。
火の鳥はバッカスが何をするつもりなのか量り兼ね、翼を広げて威嚇する。
「……もしそうなら良かったのに。俺が焼け死ぬことで君が救われるなら、そうしたのに……」
火の鳥が五十年抱えた絶望を溶かし込むような悲愴な声音だった。
バッカスは火の鳥を抱き締めた。愛しい恋人にするようにそっと羽を撫でる。
火の鳥は固く瞼を閉じ、バッカスを拒絶しなかった。
めらめらと赤い炎がバッカスの身体を包んだ。嬉しそうに顔をほころばせ、小鳥の魂が宿った美しい火の鳥を見詰めている。
火の鳥は困惑したように泣き出しそうに見えた。
「バッカスさん!」
イツキが助けようとしたのを店主が制した。
何で止めるんだと怒鳴る前に、バッカスの身体は完全に炎に飲み込まれてしまった。
店主が火の鳥たちを背にしてイツキを庇うように立つ。
神殿の隅々まで光が迸った。
息が出来なくなるほどの熱風がイツキと店主を襲った。火の鳥よりももっと赤い炎が燃え上がり瞬く。
イツキが再び目を開けた時には、火の鳥が二匹いた。
元の小鳥の魂が宿った火の鳥と、もう一回り大きく赤い炎を纏った鳥だ。その大きい方の火の鳥が喋った。
「……俺は暫く彼女と過ごしたあの国に行くよ。日本に戻って来てから倍働くから、今は見逃してくれ」
紛れもなくバッカスの声だった。
「ふん。勝手にしろよ」
と店主が邪険にする動作でしっしっと手を払う。
イツキは煌々と輝く二匹の鳥に見惚れてしまって何も言えずにいる。
火の鳥たちが翼を広げた時、店主が精緻な細工の施された球状の硝子瓶を放り投げた。
それをキャッチした火の鳥は嬉しそうに連れ立って神殿の外へ飛び立っていった。
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