7-4 小鳥とスノードーム
*
ゴミ屋敷とは呼ばれない程に片付いた和室。
どうやらインスタント食品の包装紙がゴミの大部分を占めていたらしくそれを捨ててしまえば何もなくなる。
バッカスは無言で、食べこぼしで汚れている畳を雑巾で拭いていた。
イツキが痺れを切らして口を開こうとした時、庭に面している曇り硝子の戸がトントンと揺れた。
誰かが外から叩いている。
イツキが戸を開けてみると、トモヤがいた。その後ろからトモヤをバリケードにして小学一、二年生に見える三人の子どもたちが顔を出している。
「誰だい?」
バッカスが不思議そうに首を伸ばす。
イツキと、トモヤを挟んで向かい合った子供たちが、揃って「ああっ⁉」と互いを指差していた。
…………。
トモヤと活発そうな短髪の少年はトイレ掃除、長い髪を黒いリボンで結わえた少女とくるくるくせ毛の少年は風呂掃除、イツキとバッカスは台所の掃除という役割分担に落ち着いて格段に掃除が
バッカスは汚れが激落ちすると噂の百円スポンジを武器にシンクを磨く。
まあ、そんなにシンクを使っていないからかそこまで汚れてはいないが。
「あの子供たちは何だい? イツキ君の知り合い?」
掃除の手を止めずにバッカスが、棚の埃を広告紙にはたき落としていたイツキを見上げる。
「あー、あの子たち皆、前に関わった事件で知り合った子たちっス。
トモヤって子はドワーフで、後の子たちは元人間なんスけど、もう何十年も人間界の外で暮らしてたんで今は……確か養護施設から人間界の小学校に通ってるんだと思います」
子供たちから話を聞くと、皆トモヤと同じクラスなのだという。
そんな風に人の輪のようなものが繋がっている不思議さにイツキは感心せずにはいられなかった。
子どもたちは、最近はゴミ屋敷が片付いている、という噂を聞きつけ好奇心で様子を見に来たらしい。
そのまま子供たちを清掃要員に丸め込んだのはイツキの手腕だ。猫の手でも借りたい状態だったのだから仕方ない、と思っている。
イツキの説明に、「へえぇ」と感心して頷いているバッカスだがどれだけ理解しているかは謎だ。
「ところで話変わるんスけど、ほら、物干し竿とかよく買いましたね。洗濯機もないのに」
イツキが庭に横たわっていらっしゃる物干し竿を指差す。
「ああ、その棒のこと?」
棒って言い方……。
「何かこの間うちを訪ねて来た人が置いていったんだよ。何か色々一生懸命説明してくれたし、『今月売上伸ばさないとうちもヤバいんですよ~』って身の上話をしてくれたし、何か気の毒になっちゃって。
棒の用途は分からないが、『買います』って言ったらすごく喜んでくれたからいいかなと思ったのだよ」
詐欺だ。それ絶対詐欺だ。
なぜか慈善事業でもしましたと言うように胸を張るバッカス。
なまじハンサムな外国人という見た目なので様にはなっている。あくまで見た目だけだ、とイツキは知っている。
「……それ、訪問販売っスよね? 他にも何か買いましたか?」
イツキの声のトーンが数段階下がったことを察したバッカスが慌てて顔色を窺ってくる。
「あ、あの~、いや、たいしたものじゃないんだけどね」
必死に取り繕おうとするバッカスの様子にイツキがキレた。
「ああああ! もう! 人間界の常識くらい身につけてからこっちに来て下さいよ!」
…………。
棚から売りつけられたらしい壺が出てきたり、使いもしない線香がトイレにあったと子供たちから報告を受けたりする度に頭を抱えるイツキ。
箱にバカ高い値札が付いたパン作り専用炊飯器。バッカスに怒鳴っても今更なので、炊飯してない炊飯器に「馬鹿かっ!」と怒鳴り付けておく。
クーリングオフができないものかと購入日を確認したがどれもクーリングオフ制度が使える期間を過ぎていた。
せめて高額の炊飯器と物干し竿の代金だけでも取り戻そうとしたイツキの努力は無駄に終わった。
そんなこんなで、夕方になったので子供たちを帰すことにする。
休憩しようと近所のコンビニで買ってきたアイスを手渡すとぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
ただ感情を面に出すのが苦手なトモヤだけは、縁側で緑茶を啜るおじいちゃんの貫禄でしみじみとアイスを舐めていた。
イツキはかつて人間界の外の世界をアボカドと共に旅していた三人の子供たちをそっと見守る。
この子たちが無事に人間界に溶け込んでいることを、今はもう箱庭の世界でレモンと共に暮らしているアボカドに伝えたいと強く思った。
きっとアボカドは喜ぶはずだ。
子供たちを帰した後、イツキのバッカスに対する不機嫌を感じ取って、バッカスは凹んでしまった。
が、そういう点ではイツキは容赦がない。
生活できる程度に綺麗になった和室に視線を固定したままバッカスに呟く。
「いいんスか? バッカスさんが探してた小鳥をあのままにして」
バッカスは息を呑み、弱々しく答える。
「あの子は俺の側にいることを望んでいない……。顔も見たくない程憎いんだろう。それに俺があの子に何もしてやれないことは事実なんだ……」
「……じゃあ、あのまま一人でずっとあの神殿に置いとくんスか?」
じっと床を見たままバッカスは直立する。答えられないのだろう。
イツキは思わすバッカスに詰め寄って、
「ダメでしょ! 追いかけろよ! あの鳥が好きなら!」
「勝手なこと言うな!」
反射で顔を上げ怒鳴り返したバッカスは、イツキの目に灯る強固な意志を直視してハッと黙った。
「少なくとも俺は追いかけました。好きな子が一人苦しんでても俺の人生にはもう関わらないから考えなくていい。はい、ハッピーエンド、なんて展開は絶対ごめんです。
あんたは⁉ 俺と同じじゃないんスかっ⁉」
バッカスは泣きそうに唇を噛んだ後、顔を上げる。
イツキの思いが感染したように決意が灯った。
「俺だってあの子が好きさ。
よし! あの子を助ける! 例えあの子がどんなに望んでいなくとも!」
力強いバッカスの言葉に、さっきまで落ち込んでたのに調子がいいなあとイツキは笑った。
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