9-7 ユニコーンと洞窟《前編》

 骨の標本と化したミノタウロスとケンタウロスがさらさらと砂のように崩れた。


 最後の一欠片が霧散すると、洞窟の奥からひゅううと風が吹き抜けてきた。この洞窟自体が金管楽器になっているように音高く風が鳴る。

 それはこの洞窟で殺された少年少女たちの叫びにも聞こえた。

 不条理に命を奪われた恨みか、はたまた漸く解放される魂の歓喜か。


 砂金のように舞い上がった粉末状の骨は輝きながら風に乗る。

 僅かな光を捉えて瞬き、ダイヤたちの髪を、指の間をすり抜けて洞窟の迷路を進む。


 それらに背を押されるように自然と皆が歩き出す。

 迷路の中で分かれ道に辿り着くと必ず一方の道だけに砂金は吸い込まれていくため、一同は迷いなく歩みを進めていく。

 暗澹とした洞窟を行く光の粒の道案内に従ってどれだけ歩いたろう。


「あ、出口だ……」


 ダイヤとずっと手を繋いでいたイチゴが夜空を見上げて囁いた。そう、夜空だ。

 一か所、岩の天井が丸く抜き取られていて、そこに砂の粒がキラキラと舞い上がっていた。


 天然の井戸のような形状だ。これは登れるのだろうか、と湧いた懸念を解消するように黒い狼がまずイツキをぽんっと背に乗せた。

 続いてジロウたちもぽんっぽんっと放っていく。漁業だマグロだ、と思った。


 店主を除いた総勢六名を軽々と背に乗っける黒い狼。

 イチゴを前に座らせて背中を支えてやりながらダイヤも狼の魔物の背に跨った。


 イツキが何やら本を開いている。「何それ」とカナトが覗き込んだ。


「魔法書っスね。俺まだ魔法勉強中なんで」


 イツキの手が淡く光ったのに反応するように、黒い狼の身体がふわりと宙に浮いた。


「おおーすっげぇ!」


 そのまま夜空に駆け上がっていく。

 ジロウがカナトの後ろからイツキの方に顔を突き出す。


「見たい見たい! 魔法書、欲しい!」


 普段はクールなジロウだが、こういうSF・ファンタジー関連ワードに目がない。

 一人暮らしのアパートにこれでもかと並べられたジロウのラノベ、漫画コレクションがダイヤの脳裏に瞬いた。


「あー、一般人に見せるのは駄目らしいっス」


 と口では言いつつもイツキは普通に魔法書をジロウに手渡す。

 ジロウは開いたり閉じたり背表紙を撫でたり頁をめくって「ふふふ……」と嬉しそうに笑ったりしている。


 洞窟の外はどこまでも広がる砂漠だった。岩の塔がつくしのようにまばらに伸びている。潮の香りが鼻を掠めた。海が近くにあるのだろうか。

 黒い狼が足を踏み出すほど地面との距離が開いていく。


 あ、今気付いた。俺高いところ苦手だったマジで。


「あのダイヤさん。顔色悪いけど大丈夫?」


 心配してくれる、というか怪訝そうにするイチゴに申し訳ないので、「だ、大丈夫、大丈夫」としどろもどろにダイヤは返した。


 空中を駆ける黒い狼が星空の中に飛び込んだ。ユニコーンが羽をはばたかせ隣に並ぶ。

 その背にはダイヤも見覚えのある少年が二人。

 イチゴが叫んだ。


「キウイ! レタス! 来てたの⁉」


 キウイはちょっとはにかんで、レタスはいたずらっぽくニッと笑った。

 ユニコーンが空中で速度を緩めると、レタスが直径一メートルを超える大玉を片手で掲げて眼下の洞窟にひょいっと落とした。

 キウイはジャグリングに使うマラカスをブーメランのように回転させて投げつける。


 ドドーと砂埃を立たせて地面が崩れて落ち窪んだ。地下に広がっていた空洞に岩が落ち込んで迷路の洞窟を潰したのだ。


 二人に倣ってイチゴもどこからともなく鞭を取り出す。

 ひゅっと振るった鞭は砂地に高く積み上がった岩の塔のいくつかを纏めて崩して洞窟跡の窪みを埋めた。


 これでもうあの迷路の洞窟で悪巧みを考える連中はいなくなるわけか。

 そして、ミノタウロスやケンタウロスの怨念も洞窟の奥底へと封じられてこれまでの報いにもう存在しない迷路の中を永遠に彷徨う様が浮かんだ。


 イチゴたちの思わぬ戦闘能力に腰が引けそうになるダイヤだが生憎今は狼の背の上だ。


 とんでもない子供たちが里子として家に来ていた事実に「ははは……」と漏らした笑みが引き攣りそうになる。

 そして、この子たちが話す冒険譚が全て真実であったことを自ずと理解した。


「おい、子供らをこっちに……」


 いつの間にかダイヤたちと並んで飛んでいた店主が、ユニコーンに手を差し出す。

 ユニコーンはぶるると鼻を鳴らして拒否した。


 満月が星々とダイヤたちを悠然と照らし、砂漠が淡く浮き出るように地上で光っていた。

 生まれて初めて見た光景だ。カナトやジロウは感嘆を漏らし、カズマも顔を綻ばせている。

 三人の子供たちはケラケラと楽しそうに破顔した。


 この子たちがこれほど笑う子たちなのだとダイヤは初めて知った。

 子供たちが普通の、魔法も何もない世界で生きることに息が詰まるのも分かる気がした。

 それなら、自分は何をしてやれるのだろう……。





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