9-2 ユニコーンと洞窟《前編》


 細い路地がめらめらと熱せられて湯気が上っていくように、蒸し暑さが肌に纏わりついてくる。

 その路地の先に『魔法道具店』と書かれた看板が下がった店があった。扉を開ければカランカランと心地良いベルの音で迎えられる。


 パタパタと翅音のする方向に顔を向けると、頭の上に何かが積み上がっていった。

 反射的に振り払うと頭の上から数冊の本が飛び立つ。本たちは整列して奥の本棚に飛んでいった。

 足元のケージには頭が三つある犬の六つの目がぎょろっとこちらを見上げた。そのケージの上にひらひらと団扇のように葉っぱを動かす肉食植物がいた。


 ダイヤはその全てに面食らいつつ店の奥に進む。


 大学二年生のダイヤと同じくらいの青年が白枠の窓のそばに設置されたソファーに座っている。

 青年があまりに普通に羊羹を齧っていた。


 青年の隣には黒い大型犬が寝そべっている。その精悍な黄色い瞳にダイヤが慄くと、大型犬はこてっと不思議そうに首を傾げた。

 青年に「あ、どうも」と肩を竦める程度にお辞儀されて、それに倣って返す。


 奥の机に片肘をついて欠伸をしている二十代半ばくらいの男がいた。この店の店主だろう。


 一瞬躊躇ったがここまで来てしまったからには、と腹を括った。


「あの、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」


「うちはお悩み相談室じゃないんだよね」


 店主が邪険に手を振る。

 全く取り合ってくれなさそうなその態度に、ダイヤはさっさと言ってしまおうと少しやけになる。


「俺の母親が急に里親に登録しちゃって、最近、養護施設の子供を引き取るって言って……。で今引き取るためのトライアル? みたいなことで急に子供たちが家に来たんですけど、何かちょっとその子たちの様子が変っていうか……」


 ダイヤの母親は自由気ままな人で、何かすると言い出したら聞かない。

『ダイヤ』なんてキラキラネームを付けたのも母親だ。


 ダイヤはいつも母親の気ままさに不満を感じてきた。

 数か月前、両親が養育里親に登録したいと言い出し研修に通い始めた。その時は正直勝手にしてろよという気分だった。

 大学生の特権、二か月に渡る長期の夏休みがスタートしたが、母親が唐突に三人の子供たちを紹介してきたことでダイヤの自由はゴリゴリ削られていった。


「……変?」


 店主が胡乱げに片眉を上げる。


 ダイヤは曖昧に頷いてどう話すか考える。守秘義務の文字が浮かんだが話さなければ相談も何もない。


「……あ、えっと。子供たちは皆、小三らしいんですけど。あの子たち靴のまま家の中に入ってきたり、壁に穴空けたり、屋根に上ったり、何回注意しても聞かなくて。俺の家、三階建てなんで屋根に上るのとかはほんと止めて欲しくて……」


「で?」


 と、ぞんさいに先を促す店主。考えを巡らせるように爪でコツコツと机の木目を叩く。


 羊羹を食べ終えたらしい青年が「三階建ての家って金持ちなんスね」と口を挟んでくる。

 ダイヤは苦笑いだけで答えて、話を続ける。


「それだけじゃなくて、なんか夢の話? みたいなのを一生懸命話してくれるんだけどよく出来すぎてて、ちょっと本当に尤もらしく聞こえてきて、どっからが現実の話か分かんなくなるってゆうか……」 


 というか養護施設にダイヤと母親が出向いて交流している時にはそんな話はしなかった。

 家に外泊に来るようになって段々とそういった言動が目立ってきた。

 ダイヤは言い辛そうに「……怖い、んですよね……」と息を漏らした。


 店主は詰まらなそうに半眼で、


「そーゆーのは君の母親に直接言えよ。それかその養護施設の人間に」


「言いましたよ! 大人が注意したら『わかった』って素直に頷くけど、俺の前ではっ……」


 ダイヤが語気を荒げかけたのを、店主の冷淡な視線がぶった切る。


「悪いけど、うちが解決出来る領域じゃないから。君に売れる道具はないよ。帰れ」


 ぐっと喉で呻いた。

 それはそうだよな、と大きな落胆が降ってくる。ダイヤは肩を落として魔法道具店を立ち去った。



 森野イツキは、ダイヤと名乗った大学生が魔法道具店から引き上げていった後、店主に疑問を投げた。


「あのダイヤって人のところに来てる子供たちが人間じゃないんスね?」


「だろうね」


 店主が肩を竦める。

 それが分かっていて、何故この人はいつも客を追い返すのだろうか。


「里子の子供たちって座敷童みたいなもんスか?」


 当てずっぽうに口に出したが、けっこう当たっている気がしてきた。


「違う」


 速攻で否定された。そうっスか。


 机の上でだらけていた店主が身体を起こした。その顔には、いい事思い付いた、と書かれていた。


「イツキ、ホノカ。ちょっと新しいこと教えてやるよ」


 イツキも、隣で黒いシベリアンハスキー姿になっているホノカも諦めモードで早くもげんなりした。

 店主の申し出を断ればもっと面倒事が増えていく予感がしていたからだ。



 ダイヤは机に突っ伏してうだうだ考えていた。


 一番の悩みは里子のお試し期間で家に来た子供たちだ。子供たちはずっと家にいるわけではなく、今はまだ偶にお泊りに来る程度だが……。


「カレーパスタ出来たぞ~」


 ジロウが声を掛けてくる。

 ジロウはダイヤの高校時代からの友人だ。因みに『次郎』だけど長男らしい。


 現在ダイヤはジロウのアパートに乗り込んで、居心地の悪い自宅から避難し、愚痴を吐き出す時間を堪能中だ。


 ジロウは一人暮らしなのでダイヤは気兼ねなくアパートに出入りしている。壁の一面に本棚があり、ライトノベルや漫画の拘りコレクションがずらりと並んでいるジロウの部屋は何故か落ち着く。


「レトルトー?」


 ダイヤの声にはちょっと不満が滲んでしまった。

 茹でたパスタにレトルトカレーをぶっかけただけ、はちょっと寂しい。特に今は。


「いや、カズマとカナトのお裾分けカレーだ」


 カズマとカナトもダイヤの友人たちだ。

 最近カズマたちは料理に凝っているそうで、ジロウのアパートにもしょっちゅうお裾分けに来ると聞く。

 ダイヤにも大学の昼食休憩時間にお弁当がてら律儀なカズマがお裾分けをしてくれる。タッパーに綺麗に詰められた肉じゃがとか和風ハンバーグとか。おばあちゃんか、と突っ込みたい。


 友人たちはあまりダイヤの家には来ない。というよりダイヤはあまり家に来てほしくない。

 地味にお金持ちなために母親の自由奔放さに拍車がかかっているのが見て取れる、ちょっと無駄に広い家を見られたくないのだ。

 それに今は子供たちが来ている。


 ジロウがコトンとカレーバスタの器を机に置いてくれた。

 パスタと絡まった牛ひき肉のピリ辛ドライカレーをとろんと溶けたチーズが覆っている。フォークに多すぎる程に巻き付けて頬張った。


 やけ食い気味のダイヤに苦笑して一緒にパスタを食べ始めたはずのジロウが、いつの間にか窓の外を凝視して動きを止めていた。


「何あれ」


 その呟きに興味を引かれるままダイヤも窓の外に目を向ける。


 見えるのは住宅街、少し傾いた太陽、青い空、白い入道雲。

 そして、空の中に何かがある。

 段々それは近付いてきて輪郭が大きくなっていく。


 その形を明確に認知できた時、ダイヤは自身の目を疑った。


 淡い紫に発光するユニコーンが角をダイヤたちに構えて一直線に駆けてきているのが見えた。





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